風の果てに








「葛城一尉?何をしているのかしら?」

赤木さんの冷たい声。

目の前には明らかにへこんでいる写真の人。

「はは、ごめん。道、間違えちゃった」

職場で迷うのもどうかと思う。

「で、こっちがサード?」

サード? 三番目? 何のことだろう。

「本人にはまだ話していないけど、そうよ」

つまり、いずれそうさせられるワケか。

ちらりと赤木さんが僕の方を見た。

少し申し訳なさそうな感じだ。

これでもまだ赤木さんの事は信用できない。

何故かと言えば、ここはあの人でなしがトップをしている所で、

赤木さんがその部下だからだ。

まだ、判断材料が足りない。

赤木さんが僕にとっての味方であるかどうかの決定的な事がない。

「で、何で部外者がここにいるのよ。立ち入り禁止でしょ?」

写真の人がカヲル君を見ながら言う。

「彼からの条件よ。それに友人が居ることで彼は落ち着けているのだろうし、別に問題ないわ」

すごい。全部当たっている。

白衣を着ているから研究者か何かかと思ったが、どうやらそうらしい。

それに僕の言った条件を逆にプラスと考えている。

つまり、僕はこれから友人か何か、

その場で冷静になれる人がいなければ落ち着けない状況に立たされるワケだ。

それを見越しての判断。

相当頭が良いんだな。

そして、ふとあるものが目に入った。

「あれ?ネコ、好きなんですか?」

赤木さんをよく見ると、ネコのイヤリングをしていて、

さらに、ネコのキーホルダーが白衣からはみ出ていた。

「ええ、昔から大のネコ好きでね。飼いたいとは思うんだけれど、家、マンションだから」

赤木さんは普通の口調で、今までの冷たさがまるで嘘だったかのような口調でそう言った。

ふいに、前にカエデさんが言った言葉が頭の中でリフレインした。

『ネコが好きな人に悪い人はいないんだよ〜』


第三話:今、戦いの時(The Duel.)


「それで?N2爆雷まで使って、倒せたワケ?」

「未だ健在よ。しかもご丁寧に自己進化までしてくれたわ」

何やら赤木さんと、確か葛城さん。
その二人が前で何か喋っている。

僕達は今、紅い水の上をゴムボートに乗って進んでいる。

(それにしても暗いな……)

辺りは真っ暗だ。
よく赤木さん運転出来るな、ライトなしで。

ふと、壁から大きな手が伸びているのを見た気がした。

(はは。そんなまさか……)

いくら何でも巨人なんかがいるわけがない。

いくら人でなしがトップの組織だからって、巨人はないよな。

僕は少し現実逃避した。




(やはり、前とは違うな……)

カヲルが驚いたのは赤木リツコの性格の違い。

以前より性格が丸くなっている気がする。

(と、言うことは綾波さんとの関係に何かあるのかもしれないね)

リツコに一番近く、一番遠い所にいた、綾波レイ。

彼は彼女達の関係に何かある、と結論を出した。

むしろ、この二人の関係が変わる事で色々な変化が現れているはずだ。

例えば、そう赤木リツコ女史と碇ゲンドウ氏の関係。

さらに言えば補完計画の内容。

少しずつ、希望の光が射し込んで行く、そんな感じがした。




「真っ暗ですよ?」

「ええ、今照明を点けるわ」

僕たちは今、暗い所にいた。
本当に暗くて何も見えない。

カシャン

「わっ!」

照明が点いたとたん、僕の目の前に大きな顔が現れた。

否、元から目の前にあったのだ。巨大な顔が。

「これは人が造り出した究極の人型決戦兵器。
汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン。
建造は極秘裏に行われたわ」

まるで僕の心を見透かしているように赤木さんが言う。
「人造……人間? 人……なんですか……?」

僕はその言葉を途切れ途切れに言った。

「ええ。斬られれば血も出るし、擦り傷ぐらいなら人間と同じように再生するわ」

そして、もう一度それを見る。

紫色の、流線型をした頭部。
額には角が一本立っていた。

はっきり行って鬼。悪人面だ。

「これが……父さんの仕事ですか」

こんなモノを造って何をしようと言うのだろう。

世界征服?
大量虐殺?
どちらもあの男なら言いかねない。

「そうだ」

その声の主……確かエヴァンゲリオンの頭の上の方を見る。
そこには案の定、髭面の大悪人がいた。

「久しぶりだな」

「出来れば二度と会いたくなかったけど」

「……出撃」

流石はキング・オブ・人でなしの称号を持つだけはあるね。
人の話全然聞いてないよ。

「出撃ぃ!? そんな、零号機はまだ凍結中なのよ?
初号機だってパイロットが……」

「それなら今さっき届いたわ」

そう言って赤木さんが僕を見る。

「碇シンジ君。あなたがこれに乗るのよ」

「そんなっ!司令、彼にはまだ無理ですっ!」

葛城さんが何やら弁護している。

「父さん、今日は何のために僕を呼んだの?」

「お前が考えている通りだ」

「そんな……無理だよっ!
出来るワケないよ、こんな見たことも聞いたこともないこと、出来るわけないよっ!!」

今までの分が一気に吹き出した。

「今まで『お前は必要の無い子供だ』とまで言って、
自分の都合だけで呼んでこんなのに乗れなんて、ふざけるなよっ!!!」

「座っていればいい。それ以上は望まん」

「大体出撃ってなんだよ!?
何と僕をこんなので戦わせようとしているんだよ、答えてよっ!!!」

疑問を全て言い切った。

……というかここまで話しがかみ合わないのも珍しいような。

「シンジ君、今このジオフロントに向けて『使徒』と呼称される巨大生物が侵攻してきているわ。
その使徒には現存する全ての武装を無効化され、さらにはN2爆雷までも無効化されたわ。
その使徒に対抗するために造られたのがエヴァンゲリオン。
これに乗るには特別な因子を持った十三〜十五歳の子供しかいないわ。
そして現在、あなたを含めたとしても三人しかパイロットは見つかっていないの。
一人はドイツ、もう一人は先の事故で重傷。
だからシンジ君、あなたにこれに乗って貰いたいの」

「それって、すごく自分勝手ではないですか?」

僕の横にいたカヲル君が口を開いた。




「今の説明を要約すれば、
今、ここを目指して敵が侵攻して来ていて、
これに乗るパイロットはシンジ君しかいない。だからこれに乗って貰いたい。
自分達の都合のみ押しつけてシンジ君の身の心配など全くしていない」

ちらりとカヲルがリツコの目を見た。

「お前は誰だ」

「えっと、僕が名乗る前に、ご自分は名乗らないのですか、『碇司令』?」

皮肉ったらしくカヲルがゲンドウを挑発する。

「誰だと聞いている」

「ふぅ、自分から名乗る気はないのですか。
僕は渚カヲル。碇シンジ君のクラスメートであり、親友でもあります。
さぁ、ご自分の名前を名乗ったらどうですか?」

「私は国務機関NERV総司令碇ゲンドウだ」

「そうですか」

そしてリツコとミサトに目をやり、

「で、何でこれにシンジ君が乗る必要性があるかを説明してもらえますか?」

「さっき言ったでしょっ!?」

「しかし、あれには大事な部分が抜けているんですよ。
例えば何で使徒とやらがここだけを攻めて来るのに、シンジ君を呼び出したか。
何故来ると分かっていながらドイツにいる方を呼ばなかったのか。
何故シンジ君が呼び出された日に使徒が現れたのか、
そして何故、残ったパイロットが重傷なのか。
あまりにも怪しすぎますよ、この状況は」

「カヲル君……」

「……十五年前、セカンドインパクトが起きたわ。
起きた原因……世間には大質量隕石の落下とされているけど、
本当はね、北極に眠っていたアダムが一時的な覚醒を果たしたからなの。
一時的とはいえ、何年いえ、何百年眠っていたかもわかないアダム。
逆にいえば数百年間力を発散出来なかったといえるわ。
人間でいえば極度のストレスで暴れるようなもの。
そして、セカンドインパクトが起きたの。
もちろん、現地の人間もバカでは無かったわ。
その場で出来る限り被害をくい止めた。
そしてここが使徒に狙われる理由。
ここ、ジオフロントはいわばアダムの巣。
アダムから生まれた使徒達は自分がアダムと同等の存在になるためにやってくるのよ。
そして長い眠り着く。
これが使徒がここを目指す理由。
そして使徒が眠りに着く時に、自らの持てる力全てを解放する……。
南極のアダムの様にね。
これによるサードインパクトの勃発を防ぐためのエヴァなのよ」

「つまり、シンジ君が戦わないと世界が滅びるとでも?」

「可能性は否定できないわ」

「ふむ、つまり悪い芽が出る前に刈る、と」

「そうとらえてくれたのなら光栄よ」

「だったら何故早めに彼を呼ばなかったんですか?」

互いに一歩も引かず。
完全な硬直状態だ。

「……冬月、予備が使えなくなった。レイを起こせ」

『使えるのかね?』

「死んでいるわけではあるまい」

シンジ達が入ってきたゲートとは反対側のゲートからストレッチャーが運ばれてきた。

「レイ……」

リツコが呟く。

「レイ。予備が使えなくなった。出撃準備しろ」

「―――くっ……はい」

ストレッチャーに乗っている蒼銀の髪の少女は苦しそうに答える。

そしてツカツカとミサトがシンジに近づき、こう言った。

「シンジ君。今あなたが戦わなければこんなケガした女の子が戦う事になるのよ?
そんな自分を恥ずかしいと思わないの?
逃げちゃダメよ、お父さんから、何より自分から」

あなたは自分の事を恥ずかしいと思わないのですか?

カヲルは口に出かけたそのセリフを噛み潰す。

「もういい、葛城一尉。人類の存亡を賭けた戦いに臆病者は無用だ」

そして一呼吸置いて、シンジにとって最も言ってはならない事をゲンドウは言った。

「おまえなど必要無い。帰れ」

親と子と言う仲を決別する言葉。

(やっぱり僕はいらない子なんだね……)

頭では分かっていた。

しかし、間接的に言われるのと直接言われるのとではショックが違う。

「……初号機のシステムをレイに書き換えて。再起動用意」

リツコが発令所にいるオペレーターに指示を与える。

そのときだった。

ずずんっ

NERV本部全体が振動する。

「奴め、ここに気付いたか」

ゲンドウは天井を眺めながら呟いた。




使徒は悠然と第三新東京市の前に立っていた。

そして、体の中央に輝く紅い球体を輝かせると同時に、第三新東京市に光の十字架が立った。




ずずずずず……

先程よりも大きな揺れがジオフロントを揺るがす。

「天井都市が崩れ始めた!」

ミサトのその声と同時に崩れたビルが本部の近くに落下する。

「はぁうっ!」

悲鳴を上げてストレッチャーから落ちるレイ。

そして、ケージの天井の照明が外れ、シンジに落下する。

「シンジ君!」

「危ない!」

カヲルとミサトの悲鳴が重なる。

「うあっ!!!」

シンジは咄嗟に両手で体を庇う。
例えそれが無意味だとしても。

ざばぁっ!!!

紅い水……LCLの中からエヴァ初号機の腕が伸び、シンジに迫る照明をはじき飛ばす。
そのほとんどはLCLの中に落ち、数本はゲンドウの目の前に張り巡らされていた、
強化ガラスに弾かれ、LCLへと沈んで行く。

『初号機が勝手に動いたぞ!』

『右腕の拘束具が引きちぎれられている!』

「ありえないわ!インターフェースすら装着していないのよ!?」

「動いた……と言うより、護ったの? 彼を? ……行ける!」

リツコは驚愕を隠せず叫びを上げ、ミサトは逆に嬉しそうな笑みを浮かべる。




「大丈夫!?」

シンジはすぐに少女の元に向かい、少女を抱き上げる。

「―――はっ……ぁう……くぅっ……」

しかし、すでに彼女の意識は無い状態。
かなり危険な状態だった。

「レイ!!」

リツコが鬼気迫る勢いで少女の名前を叫ぶ。

「救護班早く!」

するとゲートから白衣を着た集団が現れ、シンジとレイの所までストレッチャーを運び、
レイを乗せると再びゲートの中へと消えて行った。

その間、約三十秒。

まさにこうなることを予知していたかのような早さだった。

「シンジ君、ありがとう」

目に涙を浮かべてリツコがシンジに頭を下げる。

「今の私達の希望は、エヴァ初号機とあなただけなの。
お願い、乗って……くれないかしら……」

最後の方は涙声であまり聞き取れなかった。
が、シンジはこの時迷っていた。

正直に言えば、怖い。
乗りたくない。

確かに怖い。
だが、自分の為に、プライドを捨ててまで頭を下げたリツコと、
ボロボロの状態なのに乗ろうとした、あの少女を助けたいという気持ち。

「シンジ君」

後ろからのカヲルの声。
振り向くと、そこには優しい目をしたカヲルが立っていた。

「シンジ君が乗らないならば僕はそれでいいと思う。
確かに僕も怖いよ。死ぬのが怖い。
けどね、それよりも友である君を失う方がよっぽど辛い。
だけどシンジ君。君がこれに乗るというならば、僕は君に精一杯のエールを送ろうと思う。
どちらにするかは、君の自由だよ、シンジ君」

「―――僕は」

リフレインする今までの出来事。
カヲル、ショウ、シオン、カイト、カエデ、リン、カスミ、リツコ、レイ。

尊敬し、憧れる人、触れ合いたい人達。
「……乗ります」

シンジの声がケージ内に重く響く。

「僕が、これに乗ります!」

戦うための、全てのカードがそろった。


後書き

目覚める刃ーーーーーっ!!!(あいさつ
もはや中途半端にも程がある編集。
どうか見捨てないで下さい。


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