風の果てに








『世界の修正力。それは何人たりとも避ける事は出来ないわ』

『でも、世界が認める力を持てば、上限は付くけれど何でも出来る』

『"聖杯"。この世にある最大にして最高の神秘』

『今の私は"聖杯"そのもの、つまり貴方達を過去へ送る事も出来る』

『さぁお行きなさい、タブリス、そして私の子供達』

『そして彼を……碇君をどうか救ってあげて』




『あぁ、分かったよ綾波レイ(リリス)。 だから君はこの世界の彼と共に自らの楽園を築くと良い』

『それが君の望みであり、義務であり、使命であるのだから』

『じゃあね、シンジ君。向こうの世界の君こそは幸せにして見せるよ。
だから見ていておくれ、僕達の目指すものを』




そして、紅い世界に一陣の風が吹いた。


第五話:出会い(Boy meet Girl.)


「知らない天井だ……」

目を覚まして一番に目に入って来たものは真っ白な天井だった。
上体を起こして窓の外を見ると日が射し込んでいた。

「痛……」

後頭部に鈍痛が走り、思わず両手で頭を抱える。
ズキンズキンと痛む頭を押さえて部屋を出た。




部屋を出ると、そこは廊下だった。
看護婦さんや腕をギブスで固めている人やらがいる事からここは病院だと推測した。
まだ痛む頭を抱えて僕はまた自分の部屋……病室に戻った。







Gendou Side

「碇君、ネルフとエヴァ、もう少し上手く扱えないのかね」

「左様。いくら使徒再来が予定されていた事と言えど、それに伴って被害も甚大だ」

「聞いた所あの玩具は息子に与えたらしいじゃないか。親子揃って金遣いが荒いな」

「そのおかげで国が二つ、傾いたよ」

老人達の嫌みは今に始まった事ではない。
それこそ俺がゲヒルンに入った頃からあった事だ。
なのでいくら何を言われようと気にしてはいない。

「使徒再来のイベントは裏死海文書にも記述されていた事。
しかしその驚異までは書かれていませんでした。
それをあの程度の被害で止められた事は幸いなのでは?」

むぅ、と唸る老人達を前に内心ほくそ笑む。
全くもって馬鹿な奴等だ。
使徒を倒すのは過程であって目的ではない。
しかし無視すれば計画が発動する前に世界は滅びる。
老人達は肝心な事を忘れているのだ。

「碇の言う事もまた正論。
使徒の驚異までは裏死海文書には記述されていない事だ。
して碇、初号機のあの動きは何なのかね?」

「現在調査中です」

そうか、とキールは頷き、

「しかし碇、君には使徒撃退と共に遂行すべく事があるだろう」

「左様、人類補完計画。
最も肝心なこれを忘れては困るよ」

「A計画、ダミー計画、補完計画の全てはリンクしています。
約二%の遅延がありますが問題はありませんよ」

「そうか、ならば良い。
これにて今日の議会は終了する。碇、ご苦労だったな」

議長の声と共に次々と消えて行くホログラフ。
最後に残ったキールは一言、こう言った。

「碇、我々には時間がないのだ……」

「分かっている、人類には時間がないのだ」

そう、この俺の手によって。







Kaworu Side

昨夜の戦闘が終わった後、僕は暗い宿舎に泊められた。
はっきり言ってネルフは好意に値しないね。
出された夕飯や朝食は非常に不味かった。
赤木博士が僕の髪の毛からDNA鑑定しているけど、別に問題はないはずだ。
戻って来る時にリリンのそれに換えたからね。

「さて、シンジ君はどこにいるのやら」

宿舎を出てから取りあえずシンジ君を捜しに来たのだけれど構造が複雑すぎて訳が分からないよ。
実に好意に値しないね。







Ritsuko Side

「本当、どの番組も昨日の事ばっか。
シナリオB-22で皆舞い上がっちゃってるわよねぇ」

「それよりも職場で飲酒は止めなさい、葛城一尉」

「良いじゃない、誰も見てないわよ」

でもミサト?
皆貴女を見てるわよ?

「でもま、本当にむかつくわよねぇ、あの銀髪」

「あら、私があの立場だったら当然だと思うわ」

「あんたってあの銀髪の事肩持つわねぇ、もしかしてタイプ?」

「ふざけた事ばかり言っているとここから摘み出すわよ」




「シンジ君、気が付いたそうよ」

「そう、で?」

「不思議な事に外傷はなし。記憶の混乱が見られるけれど許容範囲内ね」

「ふーん、あの傷が治ってるの?」

「ええ、目も腕も腹も全てね」

実に信じられない事だけれども。

「実は彼、使徒でしたーみたいな事、ないわよね?」

「ある訳ないでしょ。私は午後、彼の検査行くから後頼むわ」







Shinji Side

「……生きてる、よな」

右手を握り締めて、確認する。
確かに昨日死んだと思った。
使徒の槍が頭に刺さって血が吹き出た事も鮮明に覚えている。

「それにあの声……」

気を失う寸前で聞こえたあの声。
あれは何なんだろう。
とても懐かしい声だった。
そう、まるで母さんの様な……。

「ウッ……」

そこまで考えた途端、猛烈な吐き気が僕を襲った。
今にも吐きそうだ。
口を押さえてその場でひたすらその吐き気を耐える。
一体どれだけの時間が経ったのだろうか。
最初に耳に聞こえたのは、女の人の声だった。







Rei Side

私は今猛烈に暇だ。
病院生活自体に飽きているし、何よりいつもあの髭親父が見舞いに来る。
あれが一番嫌な事。
洞木さんは週に一度来てくれる。
クラスの皆が心配してくれるのはとっても嬉しい。
それイコール、学校にも私の居場所があると言う事だから。
昨日は危篤状態でかなりやばかったのにケージまで運ばれるし。
途中からは全然覚えていない。
取りあえず体の一部をスペアと交換したらしい。
だから今私はこうやって無駄でかつ無意味な事を思案出来る。
そう言う意味合い、スペアがあるのは良い。
でもやっぱり自分一人が外にいて他の私が水槽に浮かんでいるのを見るのは気が引ける。

「なんで私だけ外に出られるんだろ……」

よくよく考えると不思議だ。
あんなに沢山私がいるのに私以外皆感情……自我がないのはおかしい気がする。
でもそれは真実で、現実だ。

「考えても進展はなし、かな」

考えても無駄なら考えないで気楽な方が良い。

「だい……ぶ……これは……」

「?」

隣の病室から慌ただしい声が聞こえて来る。
壁に耳を当ててもっとよく聞いてみる。

「エヴァに乗ってのフィードバック……? いえ、でもこれは……」

りっちゃんだ。

「行ってみよ」

私はそう決めると車イスにゆっくりと自分の体を座らせる。
ベッドから降り、車イスに腰掛け、まだ痛む体を少し休ませてから車輪を動かした。
キコキコと車イスの軋む音と共に病室のドアに真正面から直撃した。

「これだから車イスって嫌……」

自転車なんかと違って上手く動かせない。
右腕はギブスで固められているし、右目も眼帯で覆われている。
ついでに昨夜まで危篤状態だったのだ、今こうして動ける事が奇跡だ。
ドアを開け、部屋の外に出てからその場で旋回しドアを閉める。
そして右隣の部屋だから……私は左に向かって車イスを動かした。
右手は使えないから左手一本でゆっくりゆっくりと前進し、ようやく隣の部屋のドアに到着した。

「どうしてこんな苦労してるんだろ」

それはまぁ、好奇心と言うかなんと言うか。
りっちゃんもいるみたいだし、『エヴァに乗ってのうんたらかんたら』も聞こえて来たので気になったのが原因だ。
つまり、NERV関係者、しかもチルドレンだ。
新しいチルドレンって事はサードの子かな、確か男の子。
なんかあの髭親父の息子らしいけどやっぱりあれに似て鬼畜なのかな。

私は恐る恐るドアを開けて、中を覗いた。

「大丈夫?」

「はい、なんとか……すみません迷惑掛けて」

「良いのよ、貴方は私達の命を間接的に救ったわ。
ならば私達の出来る事は貴方への恩返し。これくらい気にしないわ」

りっちゃんが話している男の子。
彼の声は、弱々しかった。
けれどもその声はとても澄んでいて―――

「あら、レイ?」

りっちゃんに見つかった。

「ダメじゃないの、まだ怪我しているのにこんな所まで来て」

「それよりも、平気なの?」

「えぇ、先程よりわね。
シンジ君、紹介するわ。昨晩会ったけれども互いに喋るのは初めてだろうから。
彼女は綾波レイ。我が家の同居人にして私の妹のようなものよ。
ファーストチルドレンで、エヴァ零号機専属パイロット。仲良くしてあげてね」

「初めまして、綾波レイです。
えっと、りっちゃんの言った事を重複しちゃうけどファーストチルドレンでエヴァ零号機の専属パイロットです」

私が自己紹介すると彼は私の目……血のような真っ赤な目を見て、

「初めまして、碇シンジです。
……綺麗な目ですね」

そう言われた途端、私は顔が熱くなったのを感じていた。


後書き

最近の主人公ってシンジみたいな朴念仁なやつが多いですよね。


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