夏に咲く紅の花/第六話:二日目B







夏に咲くの花








今日は結局部活はなしだ。
桂治と聡美はまた私用があるらしい。
で、何故か初音は俺に一言。

「今日これから海行くから用意しておくようにっ」

と告げ、行ってしまった。
……プールで泳いだろうに、まだ泳ぐ気か?
いや、流石にそれはないと思う。
ならばなんだ、貝殻でも拾うのだろうか。それとも釣り?
もう、だんだん混乱して来た。

「祐くんお待たせーって、何難しい顔してんの?」

「いや、海に一体何をしに行くのかと」

「祐くんの原付でちょこっとだけドライブー」

「二人乗りは犯罪だぞ」

「大丈夫、大丈夫。徐行速度で走ってれば平気平気ぃ♪」

上は青色のシャツの上に一枚半袖のワイシャツ、下にジーンズを穿いて、長い髪をポニーテールにした初音がやけにハイテンションに言った。
越して来てから三ヶ月、言い出した初音は止まると言う事を知らない。
つまり、諦めるしかないと言う事だ。
俺は溜息を吐きながら車庫の隅においてあるスクーターに鍵を差し込んだ。

「メットはあるから二つ共持って来てくれ」

「了解っ♪」

心なしか彼女の声がやけに弾んでいる様に聞こえる。
一体何が嬉しいのやら。
差し込んだ鍵を右に捻り、エンジンを吹かす。
……一ヶ月程動かしていないが、全然大丈夫だ。
ウィンカーや尾灯も点いているか確認する。

「メット被ったか?」

「うん」

「後ろに乗れ」

「よいしょ、と」

「じゃ、行くぞ」

「れっつらごー♪」

舗装されていない砂利道をがたごと揺れながら走る。
背中に引っ付いてる初音の体温がほんの少しだけ熱い。

「三十キロでも結構風が気持ち良いね」

「その気になりゃあ四、五十キロ出せるけどな。二人乗りだからあんま速度出せないし」

そう言いながらも原付の最高速度である三十キロで走ってるのはやはり少しでも風を感じたいからだ。
……普通二輪、取ろうかなぁ。




「うぁー、潮風がベタ付いて気持ち悪ーい」

「だったら何で海なんかに来たんだよ」

「だってさ、ほら。祐くんと二人きりで海来た事ないでしょ?」

「まぁ、そりゃあ……」

「それに祐くんも暇そうだったから。二日酔い、取れたでしょ?」

「そう言えば気持ち悪くなくなってるな」

潮風も気持ち良いし、酔いもいつの間にか醒めている。気分は最高だ。

「もうそろそろ夕日が見えるよ」

「もう?」

腕時計を見れば既に五時半を指していた。

「ほらほら、水平線の向こう! 凄く綺麗だよ!」

初音は何が嬉しいのやら大はしゃぎして水平線の向こうを指差した。
ゆっくりと、太陽が沈んで行くのが分かる程、鮮明に夕日が見えていた。

「すげぇ……」

なんと言えば良いのか、言葉が見つからない。
……そう、美しい。まさにこの言葉が相応しい。
赤い夕日は本来青く見えるはずの海を、白く見えるはずの雲を砂浜を真紅に染めて行く。
こんな綺麗な夕日、見た事がない。

「凄く綺麗でしょ。ここ、あたしの特等席。本当に大切な友達にしか教えないんだ」

「大切な友達って……静音さんに観音ちゃん、聡美に桂治の事か?」

「それと祐くん。皆々大切な、なくしちゃいけない宝物だもん」

夕日に照らされた初音は噛み締める様に言った。

「だから」

くるん、と俺の方に向きを変えて、笑いながら初音は言った。

「絶対に……いなくなっちゃ嫌だよ?」

―――え?
はっきりと彼女の発した言葉に俺の思考が追い付くのには、ほんの少し時間が必要だった。
今、なんて言った?
『いなくなっちゃ嫌だよ?』
いなくなるって、どう言う事だよ……?

「……もうそろそろ暗くなって来ちゃう。帰ろ」

はっ、と気が付くと初音が俺の腕を引っ張っていた。
……気のせいだ、うん。多分越して来た時の疲れが今になって出たんだ。
―――でも、初音の今にも泣きそうだった表情がいまいち腑に落ちなかった。




あの後は初音を乗っけて元来た道を戻り、帰宅した。
だが、やはり夕方のあの台詞が脳裏に焼き付いてなかなか寝付けなかった。









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