助けて、助けて、助けて……。 どこからか声がする。 声の主は女……だろうか。 ただ闇の中で『助けて』と言う声だけが木霊していた。 「祐くん朝だよ起きれ〜」 「……む?」 目を開けると何故か俺に馬乗りになっている初音がいた。 「……不法侵入は犯罪だぞ?」 「ちゃんとおじさんとおばさんにことわって入ってるから良いの」 「……もしかして俺、襲われてるか?」 「起こしに来ただけだよ。昨日飲んだくれてたし」 「あー……」 そう言えばそうだ。昨日は親父にビールを飲まされて悲惨な事になったんだった。 「起きて着替えるから部屋出てけ」 「えー、ご褒美とかないの?」 「……ない」 「祐くんのけちんぼー」 捨てぜりふを残して初音は部屋から出て行った。 流石に驚いたな。 まさかあんな大胆な事をするとは夢にも思わなかった。 そんな事を考えながら俺は着替えて下に降りて行った。 「行って来ます」 「初音ちゃんをちゃんとエスコートするのよー」 なんでこう、俺の回りの連中は突飛な考え方をしたりするんだろう。 ただ学校行くだけなのにエスコートって……。 「祐くん、二日酔い平気?」 「んあ? まだ頭痛いぞ。今日の授業は半分くらい寝る。 あの二人は平気なのか?」 「観音と静ねえは完全にダウンだよ。 観音は頭痛が酷いとかで部屋に籠もってるし、静ねえは気持ち悪いみたいで朝からずっとトイレに籠もってんの」 「朝からずっと、ねぇ……」 かなり悲惨だ。 初音はぴんぴんしている。本当に酔わないらしい。 「今日は部活出来ないかなぁ……」 「昨日の今日だしな。あの二人は来るのか?」 「どうなんだろ。来ても今日はやっぱり無理っぽいかな」 「それはもう仕方ないな。病気持ってんだろ? あの二人」 「うーん、どちらかと言えば聡美ちゃんの方かな。桂治くんはそんなじゃないんだけど」 「大変だな、なんか」 「うん」 「オッス、おはようさん」 「あ……おはよう、ございます……」 教室に入ると早速昨日いなかった二人からあいさつされた。 男の方が神内桂治。 女の方が神内聡美。 桂治の方が一つ上で静音さんと同学年。 聡美の方が俺と同学年だ。つまり初音とも一緒である。 「おう、おはよう」 「おはよう、聡美ちゃん」 桂治の方は運動神経抜群のあんちゃん。 さばさばしている性格で、年齢等はあんまり深く考えないらしい。 聡美の方は気が弱くて、俺の胸くらいまでしか身長がなかったりする。 「桂治くん、昨日は凄かったんだよ! 祐くんはでっかい魚釣るし、静ねえは祐くんに甘え始めるし、観音は祐くんにくっついて泣き始めるし!」 「なんだ、また酒飲ませたのか?」 「お、お酒は二十歳になってからです……」 「祐くんのお父さんが仕込んだんだよ。もちろんあたしは酔わなかったけど」 「で、お前等三人は二日酔いか?」 「ばっちり頭痛いし気持ち悪いぞ」 「静ねえはずっとトイレに籠もってるし、観音は部屋で唸ってるよ」 「悲惨だなぁ、おい」 「初音さんは強すぎます」 「昨日こいつ瓶四本飲み干したぞ」 「げ。最高記録達成かよ、おい。お前良くそんな飲んで急性アル中になんねぇな」 「飲んだ分は一体どこに行ってるのやら」 「……質量保存の法則を無視してます」 「む、皆失礼だな。ちゃんとあるじゃん」 「どこにあるんだよ。腹か?」 「ひどーい! ほら、ちゃんとあるじゃん!」 そう言って胸を張る初音。おいおい。 「悪いがお前のぺったんこなそれは酒ぐらいじゃでかくならんぞ」 「本当にぺったんこか触ってみる?」 「俺は遠慮しとく」 「この年でセクハラで逮捕、は嫌だからなぁ」 「ひ、酷い……祐くんと桂治くんが酷い事言ったよ聡美ちゃん……」 よよよ、と聡美に泣きつく初音。本当に芸達者な奴だ。 「に、兄さんも上島君も初音さんを虐めちゃ駄目です……」 「いや、虐めてるっつーか半分くらい初音の自爆だし」 「触って何も言わないんなら良いが」 「に、兄さんの変態……っ!」 うぅ、と今度は聡美までもが泣き真似だ。 やはりあれか、初音が伝染ったか。 「一般的にそれを触ると言う事は犯罪だ! 分かるか聡美!? 白く美しいそれに触れると言う事はそれだけで罪だ、重罪だ、死刑だッ!! だが、本人が『触っても良い』と言うなら触るべきだろう、それが例えぺったんこでもッ!!!」 すげぇ、言い切ったよこの人は。 「あ、あ、あ、あったま来たぁーーーーーーっ!!! いくら何でもそこまで言われて黙ってちゃ長谷川家次女の名が廃る! 今日の三、四時限目を待ってなさい、あたしの『ぼん・きゅっ・ぼん』ボディを見せてやるんだから!!」 あぁ、そう言えば今日の三、四時間目は体育、水泳だったな――― 俺と聡美は完全に部外者状態だ。 桂治と初音はまだ『ならば見せて貰おう!』だとか『後悔すんじゃないわよ!』だの暴走している。 ここに静音さんと観音ちゃんがいたらもっと凄い事になってたかもな……。 「……あ、あの」 「ん、何?」 「二日酔い、大丈夫ですか……?」 「あぁ、取りあえず頭痛いし気持ち悪いから一時間目と二時間目は寝るわ。起こさないでくれ」 「だ、駄目ですよ。一時間目はともかくとして二時間目は上島君が苦手な歴史じゃないですか!」 「昔の人間の事を知ってなんの得になるんだよ。 大体が戦争・平和・革命で回ってるんだからわざわざ覚える必要はなし! テスト前は徹夜だったけどな」 「でもこの村の歴史もやるんですよ。知っておいた方が良いです」 「確かにそうだけどさ、やっぱ体調第一だし」 「……私、知りませんよ?」 「分かってる。授業に追い付けなくても自業自得だからな。なんとかするさ」 そう言ってる間にチャイムが鳴って、先生が教室に入って来た。 寸前まで騒いでいた二人は静かに、火花を散らしながら睨み合っていた。 ―――因みに高等部は一年から三年まで全員同じクラスだとだけ言っておこう。 |