夏に咲く紅の花/第三話:一日目B







夏に咲くの花








上島家と長谷川家共同の魚バーベキュー。
無論、うちの親父も俄然やる気を出して取り組んだ。
母さん達女性陣は魚を捌く作業。
野郎共……つまり俺達男組は焼く準備やその他の準備だ。

「祐樹君、イワナを釣り上げたんだってぇ? はっはー、凄いなぁ、僕も一度しか見た事ないよ、イワナなんて」

「やっぱ珍しいんですか?」

「そうだねぇ、大型の生物になる程警戒心は強いからね。
掛かる事も少ないし、掛かっても逃げられる事があるしね。
一気に釣り上げたんだろう? 凄いじゃないか!」

「まぁ、うちのどら息子にしては上出来だわなぁ」

「親父はうるせぇよ。やっぱり美味しいんですか、イワナって」

「そう聞くね。話によると脂がのっていて美味いらしい」

「おい、どこ行く気だ親父」

「ちょーっとお魚さん方の様子をだな」

「もう全部母さん達に捌かれてるぞ、多分」

「何ィっ!? イワナを影で頂こうと思っていたのに!」

やっぱりそんな事だろうと思った。

「誰が手前になんぞくれるか」

「言ったなどら息子! こう言う時ぐらい親孝行しろ!」

「それとこれとは話が別だ! 今孝行したら後にも先にもそれっきりだからな!」

「何をゥっ!? ならば十年後に利子付けで孝行して貰おうじゃねえか!」

「なんで利子付けなきゃならねぇんだよ、訳分かんねぇよ!」

訳が分からないのはいつもの事だが、今日はそれに拍車を掛けていた。






「それでは始めましょうか」

「魚……」

母さんが言うと観音ちゃんが目を輝かせた。
……おい、なんか普段と雰囲気が違うぞ。

「なぁ、観音ちゃんどうしたんだ? いつもと違うぞ?」

「観音は魚が大好物なのよ。で、魚食べる時は性格変わるの」

「猫か?」

「猫より性質悪いわよ。見境なくなるし」

―――どうやらこのパーティーで一番の障害は親父でなく観音ちゃんらしい。
ならばイワナは先手必勝、一切れでも確保しておかないとなくなるだろう。

「お先ィッ!」

「させるかっ!」

が、そんな考えも馬鹿親父の行動で台なしにされた。
割り箸同士がこんがりと焼かれた魚の上でぶつかり合う。

「これは俺ンだ!」

「大人のくせに我が侭言ってんじゃねぇっ!」

「これを食べねば死ぬと言った! 何故それが分からん!」

「ンな事一言も言ってねぇし分かりたくもないわ!」

「そんなに美味しいのか、こいつはっ!?」

「そうらしいっておじさんから聞いただろうがよ!」

「そんなに美味いのなら俺が食おう!」

「おのれは小学校とか幼稚園で『皆で分け合って食べましょう』って教わらなかったのかよ!?」

「はっ、そんな大昔の事、とうに忘れたわ!」

「美味しいですね、このお魚」

「あら本当、脂がのってて美味しいわ」

「祐くん、おじさん。早く食べないとイワナなくなるよ?」

……親父、後で覚えていろ。
そんで、観音ちゃん。魚に食らい付くのは下品だから止めなさい。女の子なんだから。






「祐くん、また釣ってね」

「いや、今回は偶然だからな。次はいつになるか分かんねぇぞ?」

「大満足……♪」

「はぅ、美味しかったです……」

観音ちゃんは本当に嬉しそうに食べていた。
はて、静音さんなんか酒臭くないか?

「うぉら、ガキ共。こっち来て大人の仲間入りしろーい」

「当然のように人のコップにビール注いでんじゃねぇよクソ親父」

「祐樹君……」

ぴと、と俺の腕にくっつく静音さん。
……やっぱり酒臭い。

「親父、てめぇ静音さんに酒飲ませたな?」

「いやぁ、さり気なくコップに日本酒注いでおいたらそのままごくごくと」

「未成年に飲ますんじゃねぇよ馬鹿野郎」

犯罪でもあるし、まだアルコールに対する耐性が出来上がっていないだろうに。
急性アル中になったら間違いなく親父のせいだ。
嫌だなぁ、身内から犯罪者を出すのは。

「でもなぁ、祐樹。静音ちゃんだけでなく初音ちゃんのコップにも注いでおいたんだぞ。
なんであの娘酔わないんだ」

左腕にくっついて『ふにゃ〜』とか人間としての威厳を忘れた静音さんを無視して初音を見た。
黒くて綺麗な髪、白い肌、整った顔立ちは全然酔っている様には見えない。

「初音」

「ん? 何?」

「お前、酒飲んだか?」

「コップに口付けたらお酒だったからそのまま飲んじゃった」

「酔ってないのか?」

「どう言う訳かお姉さんはほとんど酔わない体質なんだよねぇ、これが」

あっはっは、と笑う初音。マジで酔わないらしい。
で、なんか妙に足が重いんだけど……。

「祐樹……っぐ、ゆぅきぃ……」

何故か泣きまくって人の足にしがみ付いている長谷川家の末っ子がいた。

「そうそう、静ねえが甘え上戸で観音が泣き上戸。お姉さんは酔わないのだー☆」

「お前、さりげなく酔ってるだろ? なぁ、酔ってんだろ?」

「こう言う時ぐらい一人称を『お姉さん』に変えても良いじゃん。ぶーぶー!」

「無茶苦茶過ぎんだよ、お前等。初音、マジで酔ってないのか?」

「だからさっきからそう言ってんじゃん。あたしお父さんに似だから全然酔わないの」

「で、この腕と足にひっ付いてんの、どうにかしてくれ。唯一まともなのはお前だけだ!」

「あー、無理。静ねえ酔うとずっと誰かにくっ付いてるし、観音も誰かにひっ付いて泣くから」

「今現在その『誰か』が俺なんだがな」

「良かったじゃん、一つ上のお姉さんと一つ下の女の子にしがみ付かれる事なんてそうそうないよ?」

「一歩も動けないんだが」

「ばんがれー。あたしは向こうで残ったお魚つついて来るから、じゃねー」

おぅのぅ。天(初音)は我を見放した……。









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