夏に咲く紅の花/第二話:一日目A







夏に咲くの花








ちゃぽん、と川の水面に波紋が広がる。
天女川の流れは非常に穏やかで、雨や台風の時以外は荒れる事がないと言う。
そんな静かな川で俺と右隣に座っている観音ちゃんは魚釣りをしている。
対岸には初音と静音さんが同じように釣り糸を垂らしている。
前回、一ヶ月前の釣りで俺は完膚なきまでに初音に負けた。
流石地元人、とあの時は悔しさを隠したが、今日こそは勝とうと思う。
ルールは簡単。
でかい魚を釣り上げるか、たくさん釣り上げるか。
前回初音は軽く三十センチを超す大きさのニジマスを釣り上げた。
俺は全然釣れなかった。
それは何故か? 経験の差か? 否!
確かに経験の差もあるだろうが、それ以上に初音は我慢強く耐えるのだ。
魚は当然ながら生き物だ。
なので、いきなり目の前に現れた餌に疑問を抱く。
そして、何回か啄んでから食らい付くのだ。
前回の俺はそんな事も知らず少しでも引かれたらリールを巻いていた。
が、今日はそんな愚弄は犯さない。
対岸の初音は普段とはうってつけ変わって黙り込んでいる。
俺もひたすらに耐える。全神経を浮きに注ぎ、僅かな風の流れ、竿の引きに集中する。

「……また餌取られた」

観音ちゃんはあまり残念でなさそうに再び餌……ミルワームを釣り針に刺し、川に落とす。
ちゃぽん、と音がして穏やかな水面に波紋が広がった。
都会の女の子はきっとミルワームなんて素手で持てないだろう。
しかし田舎では普通だ。
この村には肥溜めこそないが虫だって動物だって植物だっている。
虫はカブトムシと言うメジャーな虫からマイマイカブリと言うマイナーな虫までいる。
ナナフシだっているし、たまーにオオムラサキなんて言う天然記念物指定までいるらしい。侮りがたし山海門村。
動物はイノシシが出るらしい。山の中には色々いて、ツチノコを見た人がいるらしい。。
植物は言う事はないだろう。山には春の七草だけでなく山菜まで生えていると言う万能っぷりだ。

「来たーっ! 今日の夕飯ーっ!!」

はっ、として対岸の初音の方を見ると初音が立ち上がって竿と格闘していた。
ばしゃばしゃと水が激しく飛び散り、それによる波紋が絶えない。
結構でかいようだ。

「こんの、しつこい、さっさと、上げられろぅっ!!」

初音の叫びと共にでかい魚が岸に上げられた。
遠目だが軽く四十センチはある。文句なしにでかい。
対岸ではしゃぐ初音。見てろよ、それよりでかいの釣ってやる。

「……小さいの釣れた」

隣に座っていた観音ちゃんの方を見ると二十センチくらいのニジマスが岩の上で跳ねていた。
現在順位は一位が初音、二位が観音ちゃん、三位が俺と静音さんだ。
水が入っているバケツにニジマスを入れて再び釣り糸を垂らす観音ちゃん。
この三ヶ月毎日の様に会っているけど本当に無表情で無感動、冷静沈着を絵に描いた様な子だ。
初音を煽るのが趣味らしい。
この村にも一応電化製品はある。
テレビや冷蔵庫等の日用品はもちろん、パソコンでインターネットも出来る。
で、彼女はどうもパソコンを弄くり回すのが好きらしい、と言うのを初音から聞いた事がある。
彼女の部屋の本棚にはパソコン関係のものから魔導書などと言う怪しげなものもあるらしい。これも初音から聞いた。

「……また釣れた」

再び右隣を見ると二匹目を釣り上げた観音ちゃんが岩の上で跳ねるニジマスを押さえ込んでいた。
そして、ふいにこちらを真っ直ぐに見て一言、

「……祐樹、引いてる」

はっ、と竿を、浮きを見るとぽこんっぽこんっ、と沈み掛けていた。
俺は竿を左手で、リールを右手で構えて耐えた。
まだだ、まだ早い。まだ魚は啄んでいる最中だ。食い付いた、その瞬間を引くのだ。
ぽこっぽこっぽこっ、と三度沈み込む浮き。そして……。
ぼこっ、と一気に沈んだその瞬間、俺は弾かれたように竿を上に上げ、リールを巻き上げる。

「おっしゃ、来たぁっ!!」

抜群の手応え。水面下で大暴れする魚に俺は苦戦していた。

「―――っの野郎、いい加減、にしろぉっ!!」

ぐいっ、と一瞬動きの止まった瞬間に竿を思い切り引き上げる。
そのまま水面に飛び上げられた魚は……でかかった。
かなりでかい。目測で軽く五十センチはある超特大の大物だ。
ばしゃあ、と再び川に落ちる魚。だが、落ちたその隙を見逃すはずはない!

「でりゃあぁぁああぁあぁぁぁあああああっ!!!!」

リールを巻きながら一気に竿を上に引き上げる。
再び宙に投げ出された魚は綺麗に弧を描いて……俺の左側の岩に落っこちた。
びちびち、と元気良く岩の上を跳ね回る魚を抑え付ける。

「おっしゃあっ! 初音よりでかいぜ!」

「イワナ、ゲットだぜー」

いや、今時そのネタはどうかと思うが。






「いっぱい釣れましたね」

「……今日は魚パーティーに決定」

嬉しそうに両手の平を合わせる静音さんとどこか嬉しそうな観音ちゃん。
で、俺の左を歩いている初音はと言うと……。

「う゛〜、まさか祐くんに負けるとは思っても見なかったよ」

唸って悔しそうに眉間に皺を寄せていた。
今日の戦績はあの後も連続で中ぐらいのを釣り上げた俺が一位。
奮闘したがやはりでかさで俺に負けた初音が二位。
最初から勝負事など眼中になかったように釣っていた残り二人が三位だ。
バケツに入った魚はもうほとんどが死んでいる。
が、学校で氷を入れて貰ったので全然腐っていない。
今日は間違いなく上島・長谷川家共同の魚バーベキューだろう。

「それにしても大きいですね」

「そうだな、俺もイワナなんて初めて見たぞ」

いつだか個体数が減っているだとかテレビで見た記憶がある。
が、以前見た図鑑によると脂がのっていて美味いらしい。
こんなにでかいのだ、皆でつつくのも良いかもしれない。

「それじゃあたし一足早く帰ってお父さん達に知らせて来るね!」

そう言うと初音は走って行った。相変わらず行動力がある。

「さて、俺達も行きますかね!」

「祐樹君、頑張って下さい」

「祐樹、頑張って」

こういう薄情な所を見るとやっぱり三人は姉妹だと心の底から思った。









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