・2006年
五月/六月/



8/20  (月)


「さて、行くぞ」

「ん、準備OK」

夏休み前にした約束通り、レアと一緒に蝉を見に行く事にした。
行き先は神楽神社。夕方はヒグラシの合唱が凄いのだ。


自転車に乗ってお山の麓まで。
神楽に番号は聞いてるので、自転車置き場の鍵を外して置いて、山を登る。
神楽神社は市の中心にある小山のてっぺんにある。
まぁ、そこまで高くない訳だが猛暑の最中に登るのは辛い。
特にレアは滅多にこないから辛いんじゃなかろうか。
神社と言うよりは寺院としての意味もあるらしい。昔小父さんに聞いた話だけど。
この市……神音市は閉塞感の強い市だ。
市の西側は小山が連なり、東側には湖がある。
……湖と言っても、雨が降らない限りは池みたいなもんだ。
西側には田舎町が広がり、東側は開発が進んだ都市となっている。
神社は丁度その境目にあり、境内からはその差がはっきりわかるのだ。

「ちょ、あんた、早すぎ……」

「頑張れ、もうちょいだから。麦茶とスイカ用意してくれてるってさ」

なんとか境内に辿り着き、本殿の後ろにある神楽家へお邪魔した。

「外、暑かったでしょう? 大変ねぇ」

「そりゃもう。でも神音市の外はもっと暑いんでしょう? それに比べればなんとか」

「ねぇ、ユキ。"ヒグラシ"って言う蝉はいつ鳴くの?」

「大体夕方か明け方ですね。朝は蜩の声で起きる事があるんですよ、うち」

俺は小母さんと、レアは神楽と話してる訳なんだが、母さんと言い小母さんと言い若作りだ。
……神楽と小母さんが並んで歩くと姉妹に間違えられるとかなんとか。
俺と母さんで年の離れた姉弟、俺と鈴で双子の兄妹に見えるらしい。
今でも間違われるんだよな……。

そんなこんなで時間を潰して午後六時。
境内ではヒグラシ達が夕日と共に鳴いていた。

「凄い……」

「いつになっても境内は良いなぁ。神楽はいっつも見てるのか?」

「はい。雨の日は遠慮してますけど、晴れの日はいつも見てます」

ちちちちち……と涼しげな声で鳴くヒグラシ達と、程好い風、綺麗な夕日。
レアも満足してるようで、終始ご機嫌だった。





6/3  (日)


「ただいまー」

楓が帰ってきた。
珍しく隣街まで買い物に行ってきたらしい。
なんでも香澄と一緒に服を買いに行った、とかなんとか。
ま、きちんと帰ってきてくれるなら良いのだけれど。

「セミの子拾ったー」

「待てぃ」

麦藁帽子に何故かセミの幼虫が三匹くっついている。
……確かに今年は暑いし、この街の自然環境は良いから早めに出てくるのもわかる。
しかし何故にお持ち帰りしてくるのか。
むしろどこで拾ったのか気になる。

「道端歩いてたのー」

と、そのままカーテンにくっつける。
……祐理ねぇはもう慣れたもんだ。
鈴は我関せずを決め通している。
―――レアが妙に興味津々なのだが、これは一体何事か。
まさか実家はセミがいないとか、そんな事はあるまい。

「そりゃ、見た事はあるわよ。
けど、その……今までまじまじと見た事なかったし」

「あぁ、なるほど。
なら今日は遅くまで起きてた方が良いぞ、レア。
セミの羽化って凄い綺麗だから」

「? 虫の羽化がなんで綺麗なのよ」

「綺麗なもんは綺麗なんだよ。なぁ?」

「うん。凄い綺麗だよっ!」

「あぁ、確かに綺麗だ。私は虫が駄目だが、セミとチョウは好きだ」

「……宝石」

鈴のは言い得て妙、だろう。
因みにこの街は外側が山に囲まれているから、小学生の頃はよくセミ取りに行ったもんだ。
……カゴいっぱいに持ち帰ってきて母さんに怒られたのはよく覚えてる。
最近じゃクマゼミもいるみたいだ。でかいからすぐわかる。

「じゃあ、あれだ。来月にでも山行くか。神楽の家だけどさ。
夕方になるとヒグラシ凄いぞ。夕日も綺麗だし」

「へぇ、日本で過ごす夏って始めてなのよね」

ならば丁度良い。
夏祭りもあるし、今年は槇野の家――槇野温泉宿――に行く予定もある。
……取りあえずは、セミの幼虫の羽化を見よう。




4/2  (月)


ぴんぽーん、と鐘がなり、
はーい、と楓が出た。
そして……

「鈴ちゃーん、後輩さんだってー」

「……誰?」

「こんにちは、先輩。シオンです」

「翡翠さん?」

何やら鈴に客人らしい。しかも後輩。
鈴は園芸部に入っている。活動自体は少ないようだけど、鈴も頑張っているようだ。
んで、多分その部活関係の後輩だろう、と思う。

「お邪魔しています、水無月先輩。翡翠・シオン・エレネルデと申します」

「始めまして、俺は……知ってるって顔だな?」

「極悪女ったらしの水無月翔先輩は有名です」

喧嘩売ってンのかこいつ。
ちょっと脳内血管に亀裂が入った所で―――

「それで、何の用?」

「はい、部の事なのですが―――」

どうも連絡網を貰っていなかった上、携帯電話もないから直接聞きにきたらしい。
……どうしてうちを知ってるんだ?

「執事の柳に調べさせました。ついでに先輩の生活環境を見るのも一興かと思って」

「物凄い事言ってるって自覚してるかお前?」

「自覚しているからワザと言っているんです。そんな事もわかりませんか?」

更に溜息。
あ、あ、あ、あ、あ、あ……叩いて良いですか先生。
でも楓以外には手を上げない……と言うか楓は本気でやらない限りケロッとしているから平気なんだけど、普通の女子相手に手を上げるのは俺自身が許さない。
男の場合でも相手によるし。
ちくしょう、こいつその事も見越して挑発しやがる。

「そろそろお暇します。面白いものも見れましたし」

「もうくるな毒舌娘」

「だ、そうですが先輩?」

「……またきて良いから」

おのれマイシスター、お前もか。
玄関先に立ったシオンはふとこちらに振り返って、その琥珀色の瞳を俺に向けて言った。

「思っていたよりは我慢強いですね、水無月先輩。少しだけ見直しました。ミクロン単位ですが」

最後の最後まで毒舌を放ち続ける後輩、シオン。
……レア以上の強敵なのは間違いなかった。




2/25  (日)


久しぶりに神楽がうちにきた。
神楽の手には右に紙袋、左に籠。
……左手の籠が非常に気になる。

「へぇ、ユキもお菓子作るんだ?」

「はい、如月先輩程ではありませんけど……あ、こっちがチョコクッキーです」

「……美味しい」

「焼き立てか?」

それぞれが感想を口にする。
む、確かにほんのりと温かい。
どうも焼き立てを持ってきてくれたらしい。
それはそうといつもハイテンションな楓の反応がな……クッキーを咥えたまま籠を見つめてる。
あれは一体何が入ってるんだ?

「なぁ、あの籠何なんだ?」

「あ、いけない。忘れてました」

そう言って籠の蓋を開く神楽。
すると中にいたのは……猫だった。

「うーちゃんだ!」

楓の歓声と共に猫……(うるし)が顔を覗かせた。
漆はかなり昔、確か小学校中学年くらいの時。
祐理ねぇと楓が拾ってきた捨て猫だ。
二人とも大の猫好きだから、捨て猫なんて見捨てられなかった。
だからうちに持って帰ってきたんだけど、その頃は鈴が色々と不安定でかなり難しい問題だった。
因みに当時は二人の両親はまだ日本にいた。
日本にある遺跡とかの色々な調査であんま帰ってこなかったので、家が隣で学友でもあった俺の両親に二人を預けていた。
んで、どうしようかと迷った末に里親を探す事にした。
取りあえず動物病院の方で募集してもらった結果、貰ってくれる人がいたのだ。
……それが神楽だったりする。
神楽の家の小父さん……神主さんは非常に厳しい。ガキの頃は皆で正座して鍛えさせられたもんだ。
神楽曰く『そろそろうちにも看板娘だけでなく、動物も必要だろう』と実に愉快なこじ付けで引き取りの許可を出してくれたのだそうだ。
しかも真顔で言ったらしく、神楽はそれを思い出すと笑いが止まらないらしい。

「うーちゃ〜ん」

にゃ、にゃにゃにゃっ

楓の髪……頭のてっぺんから生えてる蝶の触覚みたいな毛にじゃれる漆。
漆は人懐こくけど、媚びるって事はしないらしい。
楓とじゃれてるのはかなり素なんだろう。

「連れてきて良かったです。捕まえるの大変なんですよ?」

「捕まえたのか?」

「蝉取りより難しかったです」

祐理ねぇの問いに答える神楽。
……もしかしてまた虫取り網使ったのか?

「猫飼ってるんだ?」

「……お正月に見なかった」

「お正月は色んな所に行ってたみたいです。
隣町辺りまで行ってたみたいですね。本当にやんちゃなんですよ」

「あー、なんかそうっぽいわよね。ショウにそっくり」

「誰が放浪猫かっ」

「水無月君はあまり遠くへは行きませんよ。ね?」

「そりゃ、行くの面倒だし」

金も時間もかかるし。一人で行っても面白くないし。

「祐理ね……お?」

楓にじゃれてた漆が祐理ねぇの膝の上でくつろぎ始めていた。
楓はそれを見て幸せそうにしている。

「うーちゃんは先輩の膝の上が一番のお気に入りみたいですね」

「昔もこうしていた覚えがあるな……」

そうして漆を撫でる祐理ねぇが微笑みながら言った。

「レアの言う通り、漆は翔にそっくりだな」





1/21  (日)


……祐理ねぇに膝枕させられてしまった。幸せそうに寝ていらっしゃる。
まぁ、普段から疲れてるから労わるのは構わないんだけど……如月家の方々は尽く睡眠時間が長いからなぁ。

「ショウ、どうしたのよ?」

「いや、動けないんでちょいと黄昏てた」

「見事に爆睡ね」

「だな」

年相応、と言うと本人は嫌がるかもしれないけど、あけどない寝顔は本当に幸せそうだ。
時折寝言言ったり、もぞもぞ動いたり。
……学校で眠ってしまった時とは全然寝顔が違うもんな、本当。
浜中先輩は多分こういう寝顔見た事あると思うけど……む、なんかそれが気にかかる。
因みに楓はどこでも気持ち良さそうに寝る。ある意味凄い才能だと思うけど、起こす側からすれば勘弁してもらいたい才能だ。

「……んじゃ、部屋に寝かしてくるわ」

「変な事するんじゃないわよ」

「するかたわけ」

祐理ねぇをお姫様抱っこして部屋まで歩む。
なんか、小さい頃もこうやって祐理ねぇを抱っこした事があったっけかな。
そう、結婚式ごっこ。言い出しっぺは楓だった。
ジャンケンで祐理ねぇが一発勝ちしたんだよなぁ、確か。
それで恥ずかしがる祐理ねぇを抱っこしたっけ。懐かしい。
あの頃と比べれば体も大きくなったし髪も伸びた。
……ちょいと厳しくはなったけど、ガス抜きは俺達がしてあげなきゃな。

……で、誰か部屋のドア開けて下さい。





1/3  (水)


初詣だ。
正月と言えば餅と下らない番組と初詣。
んで、やってきました神楽神社。

「なぁ、神楽」

「はい?」

「寒くないのか?」

「はい♪」

神楽はこの神社の巫女さんで、この時期は初詣とかで大賑わい。
臨時のバイトで集められた巫女さん達(仮)も寒そうだ。
なのに神楽は顔色一つ変えずに周りに笑顔を振りまいている。

「あああ朝のおおおお清めもやってるのぉ?」

楓が面白いくらいガタガタ震えながら言った。
その返答でも顔色一つに返事する神楽。
……生粋の巫女さんは強ぇなぁ。

「水無月君は何のお守り買いますか? それとも御神籤?」

「両方。お守りは安全祈願」

「はい、ちょっと待って下さいね」

祐理ねぇ達は既に購入済み。残るは俺と楓だけなんだが……。

「あらら、楓ちゃん。寒そうねぇ。
お守りは何が欲しい?」

「暖かいの」

べし、と脳天に手刀をくれてやった。

「酷いぃ、寒いから暖かくなるお守りぃ」

「暖かくなりたいならさっさと済ませて帰れば良かろうがっ」

「うぅ……安全祈願……特に翔君のチョップ」

「はい、どうぞ」

値段は350円。無駄にでかい神社より少し安いだろう。
で、御籤は……。

「あ、大吉」

「末吉」

ふむふむ、『今年は身近な所で目覚しい出会いがあるでしょう』……なんだこれ。
『友情関係は努力次第で千差万別、常に周りに気を配るように』。
むぅ、人間関係で一悶着あるって事か。ここの御籤は良く当たるのだ。

「うにゃーん」

楓が変な声を出した。
どれ、と覗いて見ると……。
『周りの人達の仲が進展し、ひたすらその影で動き回る事になるでしょう』……なんだこれ。

「なぁ、神楽。これ書いてるのってお前か? 小母さんか?」

「えっと、私達二人で書いてます。疲れるので出来るだけ毎日三つくらい書いてますけど」

「内容覚えてたりするか?」

「いえ、書いてる間は脳裏に浮かんだ事をそのまま書いているので……」

「そっか、すまん」

楓が珍しく真剣な顔してブツブツ何か言っている。
あまりにも真面目な顔してるからしばらくは近づかない方が良いだろうな。

「翔、楓、終わったか?」

「あぁ、うん。終わった。楓がちょっと考え事してるから待っててよ」

「わかった。……それにしても何を考えてるんだ、楓は?」

「さぁ?」

さて、家帰ってこたつでぬくぬくしますか。





12/29 (金)


クリスマスが終わり、既に年末年始モード。
祐理ねぇと楓が仲良くこたつで寝ている。
祐理ねぇが楓を抱きしめる格好だ。
彼女は寝ている最中、何かを抱きしめて寝るクセがある。
それが抱き枕だったり、楓だったり、時たま俺だったりする。
抱きしめられてる楓も楓で、気持ち良さそうに寝ている。
起こすのも躊躇われる……と言うか如月女三人衆は起こすのが難しいからそんな困らないんだが。
んー、俺も寝ようかな。




「……なんでさ」

思わず天を仰ごうとして……止めた。
つーか、腕を上げられない。

「ん……」

「すぴー」

『すぴー』じゃねぇ猫娘。
そう、起きたら何故か如月姉妹に両腕をがっちきホールドされてた訳で……睨むな鈴。

「……つんつん」

「止めれ」

鈴が俺のおでこをつんつんする。
右に祐理ねぇ、左に楓。所謂『両手に花』ってやつだな、うん。
……いや、その、色々当たってます、はい。

「お兄ちゃん、目がえっち……」

「そう思うなら引き剥がしてくれ。と言うか引き剥がして下さい」

「……無理」

そんな薄情な。
それからレアが帰ってきれ暴れ出すまで、俺は美味しい蜜を吸いつつ実は捕殺されてるハエのように捕まってましたとさ。
……祐理ねぇ、着やせするんだな。





11/19 (日)


ぶおーっ、とドライヤーで髪を乾かす。
俺の髪じゃない。祐理ねぇの髪だ。
祐理ねぇの髪は長いから、乾かすのも一苦労。
しかし、完全には乾かさずに少し湿ってるくらいまでだ。
楓や鈴の髪は短いから良いが、祐理ねぇの髪は洗うのも大変そうだ。

「へぇ、手馴れてるのね」

レアが関心した風に言う。

「まぁ、いつもやってるしな」

「最初から全部一人でやるのは大変なんだ。だから翔に手伝ってもらっている」

「お前の髪は中途半端に大変そうだな」

「む、そう思うならやってよ。先輩程じゃないけど大変なんだから」

レアはえーと……セミロングとか言う髪形? 長さだ。
しかも微妙にウェーブがかかってるので水分を含みやすい。
祐理ねぇの髪はさらさらしてるからそんなに水は含んでない。

「良し、なら祐理ねぇが終わったらやってやる。そこで待ってろ」

「そんなに待たせないでよ? 風邪ひいちゃうから」

……もう少しで終わりだ。

「良し、終わった。ほれ、きてみ?」

「ん」

俺の前にちょこんと座るレア。
祐理ねぇは立ち上がって髪を垂らしたまま見ている。

「んー、上手いわね」

珍しく素直な賞賛の言葉。
どうも気に入ったらしい。

「♪〜♪♪〜」

ついには鼻歌まで歌いだした。

「翔は本当になんでも出来るな」

「なんでも出来る訳じゃないよ」

「なんでも出来てるじゃない」

むぅ、別に俺は完璧君じゃないんだが……。
と言うか一つの事に拘らないからそう見えるのかな?

「ふぅ、満足満足。明日からお願いねー」

「ぐは、四人全員乾かすのかよ」

「髪短い組はやらなきゃ良いじゃない。すぐ乾くでしょ?」

「鈴はすぐ寝ちまうから乾かさないと朝酷いし、楓は自然乾燥じゃなかなか乾かないんだよ」

おのれ猫娘。祐理ねぇと正反対の髪質持ちおって。

「じゃあ仕方ないじゃない」

「うぐぅ……」

情けない声を出しつつ、明日は少し雑にやってやろうと決意するのだった。
……小さいな、俺。





11/12 (日)


冬と言えばこたつで、こたつと言えば猫である。
当然、うちの猫娘も……。

「さささ寒ぃぃぃっ」

帰ってきても『ただいま』なしにそのままこたつへダイヴ。
しばらくしてもぞもぞ顔だけ覗かせる。
……せめて着替えろ。

「やっぱ冬はこたつだねー」

「着替えろ馬鹿者。しかも今日のは木枯し一番で、まだまだ寒くなるんだぞ?」

「うぇー」

あからさまに嫌そうだ。
かく言う俺も寒がりだ。
でもこいつ程じゃない。

「楓、ちゃんと着替えてからこたつに入れ」

「あ、祐理ねぇお帰り」

「あぁ、ただいま」

私服に着替えた祐理ねぇが楓の横に座った。
……あれ、部活は?」

「今日は久しぶりに休みだ。いつもハードだからな」

「何で思った事がわかるのさ?」

「口に出していたぞ」

「呆けた声出して何やってんのよあんたは」

「おぅ、居候家出娘。お前もか」

「先輩と同じ剣道部なんだから同じく休みに決まってるでしょうが。
で、これは何?」

こたつを指差してレアが言った。
あぁ、そうか。こいつはこたつ見るの初めてか。
朝はまだただのテーブルだったもんな。

「こたつだ。テーブルの裏側に発熱機くっ付けてな、布団かぶせて完成の素晴らしき日本の発明品だ」

「つまり暖房器具?」

「ま、そんなもんかな。暖かいぞ」

「へぇ、どれどれ」

レアも脚を突っ込んだ。これで四人……って、楓はまだ着替えてないのか。

「鈴は部活か?」

「うん。吹奏楽の練習も大変だな」

「あんたとカエデもなんか部活入りなさいよ」

「やだ」

俺は面倒事が何よりも嫌いなのだ。

「うにゃー……ん」

楓がぐでーっ、としながら這い出てきた。
コートに制服まで着てるんだからそりゃ暑かろうに。

「今年も寒くなるんかなぁ……」

ちょっと勘弁して欲しかった。





10/28 (土)


あれから結局、神楽の水泳教室は中止となり、皆でビーチボール飛ばしたりして遊んだ。
で、もうあれから軽く二ヶ月くらい経った訳で……。

「あの時はすみませんでした」

「気にすんなって。ま、今度頑張れば良いさ」

「……はい」

学校からの帰り道。
夕日が眩しいくらいに俺達を照らしていて、それが逆に清々しさを感じさせた。
やたら騒がしかった文化祭は終わりを告げ、女装させられた俺は散々な目に遭った。
……まぁ、視聴覚室での演奏会は良かったと思う。
今日はただ適当にレアをあしらって、さて帰ろうと下駄箱に行ったら丁度神楽がいたから一緒してるだけだ。
ただ、それだけのはずなのに……。

「? どうかしましたか?」

「あ、いや、なんでもない」

何故か、普段より神楽を意識してしまう俺がいた。
変だ。自分でもはっきりわかるくらい変だ。
別に神楽に惚れたとか、そういう訳ではないと思う。
けど、何故か意識してしまう。
二人っきりになる、と言うのも別に珍しい事じゃない。
……なんからしくないな。

「ここでお別れですね」

「ん、そうだな」

ただ無言のまま歩いてた俺と神楽は、いつの間にか別れ道まできていた。
真直ぐ行くと神楽神社で、右の道に入れば家まで一直線。
「それじゃあ水無月君。また明日」

「あぁ、また明日な」

そこで別れて、神楽が背を向けて歩き出す。
神楽神社は小高い山の上にあって、丁度山頂から夕日が指している状態。
……神楽はその夕日を浴びて、夕日に向かって歩いて行く。
それは酷く幻想的で、美しくて、けれど切なくて。
思わず神楽を呼び止めたくなったが、そんな事をしても意味がないと自分に言い聞かせる。
「―――ぁ」

何かに気付けた、そう思った。
けど、すぐに忘れた。きっと今は考えてはいけない事だろうから。
『また明日』、会うんだから何も無理に思い出す必要もなかった。

「さて、今日の夕飯は何かな」

そんな事をぼやいて、俺は帰路に着いた。



10/15 (日)


「ふぇ……っ」

「あー、ほら。泣くなって」

散開してから三十分。
まず、神楽を水に慣らす為に流れるプールに連れて行った。
流れるプールなら、適当に床を蹴るだけでも前に進むし、何より泳ぐ感覚に近いと思ったのだ。
が、足を滑らせて溺れかける神楽。
そのまま引き上げて、普通のプールに。
普通のプールでは浮き輪を使って浮かせていた。
とにかく、水に対する恐怖心をなくさないといけないので、とにかく水に慣らす。
なのだが、ふざけた槇野が神楽の足を引っ張った。
そのまま引っくり返って溺れかける神楽。
……既に挫折寸前です。

「ごめんなさい、私がこんなカナヅチなばかりに……」

「良いって。誰だって得意不得意あるだろうし、仕方ないって」

「うぅ、でもぉ……」

うーん、どうしようか。このままじゃ傷口をフォークで抉って炙ってるようなもんだ。
……我ながら生々しい表現だな。

「ふむ、ならあそこに行こう」

あそこなら神楽も大丈夫だろう。
神楽を連れて、地下の湯水なんちゃらに行く。つまりは温泉みたいなもんだ。
水は駄目でもお風呂は平気。人間、そんなもんだ。

「温泉みたいですね」

「これなら平気だろ?」

「はい!」

肩まで浸かって、百まで数え……って違う。
横を見るとすでに出来上がってる神楽。幸せそうだ。

「……地下で温泉、もロマンチックですね」

「……そうだなぁ」

でもなんだかあれだ、幸せそうな神楽に茶々を入れちゃいけない気がした。
だって、普段からしっかり者の神楽がこんなに幸せそうにしてるのだ。
これを邪魔したら神楽神社の神様……えっと、人神様? のバチが当たりそうだ。
だって、現代の巫女だもんな。

「ふぁ……」

溜息だろうか。やっぱ疲れているんだろうな……。

「水無月君」

「なんだ?」

「……のぼせそうです」

「……」

ごめん皆、俺一人じゃフォロー出来ないです。



8/13 (日)


わいわいがやがや。
まさにそんな感じだな、プール。

「女性陣は遅いな」

「仕方ねぇだろ? 男と違って穿くだけじゃねぇんだから」

確かにそうなんだけど……。
でも時間かかりすぎだろう……。

「あ、翔くんはっけーん!」

「ていっ」

楓の声が聞こえた瞬間に受け流し。
ものの見事に楓が転がる。
おぉ、と周りから歓声。何でだ。

「ひ、酷いぃ……」

「そんな格好で抱きつく奴があるか、馬鹿!」

「うむ、翔の意見は最もだ」

「……祐理ねぇ、いつの間に後ろに回ったのさ?」

「さぁ?」

……答えが怖いから止めておこう。
楓は赤い水着で……腰にオレンジ色の布巻いてる。何だあれ、服に興味ないからわからない……。
祐理ねぇは上から適当に服を着ていた。
多分、この間買ってきて悦に浸ってた白い水着を下に着ているんだろう。

「で、槇野とか神楽とか鈴と母さんは?」

香澄は既に海斗といちゃついてるから無視の方向で。

「小母さんと鈴ちゃんは更衣室が空いてなくてまだ着替えてるよ」

「かなめと柚姫はなんか揉めていたぞ? 恥ずかしいだとかなんとか……」

揉めていた? 恥ずかしい?
……槇野じゃない事は確かだな。神楽か。

「……お待たせ」

「みんな待ったかしら? ごめんなさいね」

「おぅ、で神楽と槇野は?」

鈴は白い水着、母さんは青い水着。
……父さんが鼻血出してるけど無視だ無視。

「えっと、それがね……」

「神楽さんが、お兄ちゃんに水着姿見られるの恥ずかしいって」

「……あ?」

思わず変な声を上げてしまった。
恥ずかしい? 俺に見られて?

「なんだよそれ、そんな事言ったって」

「お待たー、柚色のお姫様の登場〜♪」

「……あ?」

再び変な声を上げてしまった。
……なんだ俺は、頭壊れたか?

「ほら、ゆきっち。水無しに見せてあげなよ」

「水無月だ」

「え、あ、う……恥ずかしいです」

神楽が槇野の後ろに隠れて出てこない。
……確かに神楽ってあんまこういう場所に慣れてないだろうからなぁ。
それにほら、美人だし。周りの視線も怖いのかもしれない。

「ほーらー、そんな事言ったってもう着替えちゃったんだから見せないと駄目なの。
……えいっ」

槇野のターンが綺麗に決まる。
居場所が完全にすり替わり、神楽が皆の前に晒された。

「あ、あぅぁぅ……」

縮こまる神楽。
……と言うか、この水着って。

「どう、水無し。似合ってるでしょう?」

「あ、あぁ……」

『柚色のお姫様』か。
なるほど、槇野も上手い事を言う。
神楽の水着は文字通り柚色……綺麗なオレンジだった。
けれども派手じゃなくて抑え目な色調で、それがどこか神楽らしい。
……でもあれだな、別にそんな露出も大きい訳じゃないしそこまで恥ずかしがらなくても良いんじゃ。

「へ、変じゃないですか……?」

「いや、全然。似合ってるぞ?」

「柚姫ちゃん可愛いー」

「……柚色のお姫様」

「恥ずかしがる必要はないと思うぞ?
むしろ柚姫に似合っているのだから、大々的に自慢しても誰も文句は言わんだろう」

一緒にいると俺に対する視線が痛いがな。
……母さん父さん、海斗と香澄は既に遊泳してる。
元気な人達だ。

「じゃあ、ほら。水無しにコーチしてもらいなよゆきっち。
浮き輪もあるしさ、ねぇ水無し?」

「水無月だ。人を干からびた田んぼみたく言うな。
それはそうと神楽、早速行くか?」

「私達もできるだけ近くで見守っているぞ。
翔が柚姫に変な事しないようにな」

「そっちかよ!」

普通、溺れて流されるとかそっちの心配だろうに。
……早く泳ぎたくてウズウズしてるんだな、祐理ねぇ。

「は、はい。お願いします……」

「お、おぅ。じゃあ行くか」

まずは水に慣れさせないとな。



7/22 (土)


「カナヅチ?」

「あぁ、どうも柚姫はカナヅチで泳げないらしい」

なるほど、だから神楽は毎年プール誘っても行こうとしなかったのか。
……ちょっと待て、じゃあ来週のプールは大丈夫なのか?
俺が無理矢理誘っちまったから今頃家で練習してるとか?

「かく言う私も高校生になるまでは泳げなかったしな、恥ずかしい事ではない」

そう言えば祐理ねぇも泳げなかったっけ。
今では人並みに泳げるようにはなってるけど。

「翔、柚姫に泳ぎを教えてやったらどうだ?」

「……俺が?」

幾らなんでもそれは……。

「当日でも良いと思うぞ? 翔一人で教えるのが無理なら皆で教えれば良い」

それもそうだな……。

「浮き輪必要かな?」

「そうだな、持って行こう。それなりに遊べるだろうし」

祐理ねぇが密かに燃えている。
……あと、四日。



7/21 (金)


夏だ、夏休みだ。
夏休みの定番と言えば海……なんだけど、生憎海まで軽く二時間くらいかかるド田舎。
ならどうするか? ……プールがあるじゃないか。
しかも最近、隣街に大きなアミューズメントパークができて、所謂「波のあるプール」があるらしい。
こうなればもう、行くしかねぇだろ……と言う訳で。

「いつものメンバーで行くぞ」

と、父さんが言い始めたのが昨日。
祐理ねぇと楓、レアに鈴は確定。
で、学校では……。

「お? 翔のおっちゃんが誘ってるのか?」

「あぁ、結構でかい所らしいぞ。俺もよくわからんが」

「へぇ、それでみんなを誘ってるんだ」

「まぁな。お前等行くか?」

「行く行く!」

「ひと夏の思い出に良いよねー」

篠原兄妹も決定。

「え、あたしっちも?」

「おぉ、神楽も誘われてるぞ?」

「私もですか?」

「槇野はいつも働き過ぎだし、神楽も少しくらい休み入れたらどうだ?
多分、父さんのオゴリだぞ」

「あたしっちは行くよー! なんか一悶着ありそうだし」

「私は……迷惑じゃありませんか?」

「全然迷惑じゃないぞ?」

「えと、それじゃあ……よろしくお願いします」

これでいつものメンバー全員だな。
行くのは来週の月曜。
……楽しみだなぁ。



7/9  (日)


「んぅ……」

レアが唸る。
じと目でこっちを睨んでくる。
……俺、何か悪い事したか?

「ねぇ、ショウ」

「なんだ?」

「どうして二人っきりなのに何にもしないの?」

「何もしないのって……病人に何を要求するかおのれは」

体中包帯ぐるぐる巻きだし、楓じゃないけど包帯巻きだ。俺味。不味いな。
そもそもこんな事になったのも……。

「お前らがあんな馬鹿げた事したから俺はこんな目に遭ったんだぞ?
少しは労わってくれ」

「……良い子良い子」

うりうりと頭を撫でられる。なんか馬鹿にされてる気分だ。

「労わったから甘えて良い?」

「甘えられる程健康に見えるか?」

「んぅ……」

また唸った。鈴と似た唸り方するなぁ。

「じゃあ、いつ甘えて良い?」

「退院したら」

「いつでも?」

「……二人きりの時だけな」

楓の前でイチャついたら殺される。
『えっちさんお馬鹿さん変態さーん!』とか言って剛拳を放つに決まってる。
そのまま頭蓋砕かれてThe End。嫌だそんなの。

「……不健康なショウは早く寝て健康になりなさい」

よしよし、と頭を撫でられる。
さっきみたいな撫で方でなく、優しく寝かしつける撫で方……だと思う。
まだ体が参ってたからか、すぐに睡魔を俺の意識を奪って行く。
……仕方ない、起きたら甘えさせてあげるか。



・補足
今回は翔×レア。
間違いなくツンデレであるレアの甘えて甘えて話。
翔が病人ですが、話の流れ的に「あぁ、こいつまた妙な事に頭突っ込んだな」って察してあげて下さい。
楓の剛拳は健在なのですよ。



7/2  (日)


楓がごろごろ転がっている。
あっちにごろごろ、こっちにごろごろ。
……しかもなんか唸ってるし。

「どうしたんだ?」

「んー? んー……」

こっちを向いてまた唸る楓。
重大そうに物凄く考えてる……。

「あのね」

「うん」

「お腹痛いの」

「薬飲むか?」

「飲んだよ」

「じゃあ寝てろよ」

「動いてた方が楽なの」

「で、転がってたのか?」

「うん」

気持ち元気がないのは腹痛のせいか。
いつもなら猫語使ってるしな。

「……その内レアに布団巻きにされるぞ?」

「海苔巻きは好きだけど布団巻きはやー」

「しかも楓味?」

「葉っぱの風味が豊かだよー……って違うよぉ」

一人でノリ突っ込みしてるぞ。珍しい。
でも楓味ってなんだ? 楓の味? 人の味……?

「部屋でごろごろしてたらどうだ? 寝た方が楽じゃないのか?」

「一人は寂しいよぉ」

めそめそ泣きまねをする楓。元気じゃないか。

「じゃあ、あれだな」

「?」

「蓑虫にしてやるからそれで転がってろ」

「布団巻きと同じぃ……」






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