新世紀エヴァンゲリオン
-TILL THE END OF WORLD.-

がいでんその二







2034年 7月7日 金曜日

じめじめじめ。

こんな擬音が似合う程に蒸し暑い。
まだ六月が終えたばかりで、雨は降るわ気温は上がるわカエデと蝉が五月蠅いわで頭が痛い。
いや、本当はもっと頭が痛い事があるのだが。
今日を耐え凌げば良いのだ。明日からはまた普通に動ける。
だから今日ぐらいは―――

「ショウくーん、蝉捕り行こー♪」

……じーざす。





梅雨時と命の輝き

SPECIAL EPISODE 2:The Rainy Season & Life Glow.



あまり待たせるとカエデが五月蠅いので、手早くコンタクトを目に入れ直す。
月に二度しか使わないそれはまだ目に馴染まず、ちょっと痛かった。

「なんだ、出かけるのか?」

「カエデが蝉捕り行こー、て」

「ばれない様にしろよ。まだ知らんのだろう?」

「知られたら動物園の熊並に珍獣扱いされますよ」

『そうか』とだけ言って師匠は襖の向こうに消えて行った。
……気は乗らないけど、行くか。




如月本家は中途半端に高い山の上にある。
セカンドインパクト時に出来たとか言うそれの頂上にあるのが本家。
その庭にあるプレハブ小屋が俺とカエデの家。
で、今いるのは山をちょっと下って石段を途中で右に抜けた場所。
ここに来てから俺達の遊び場となっている場所だ。

「暑いねー」

「そうだなー」

木々のお陰で日はある程度遮られている。
が、気温ばかりはそうも行かない。俺は寒がりで暑さはなんとか耐えられるタイプだが、カエデは逆。
寒さに強い分暑さに弱いのだ。でも蝉捕りに行くと言い出したからには完遂するつもりだろう。

「網はあるな?」

「うん」

「虫かごは?」

「ちゃんとあるよ」

「小便済ませたか?」

「そんな事聞いちゃ嫌だよぉ……」

「神様にお祈りは?」

「私、無宗教」

「部屋の隅でがたがたする準備OK?」

「お外だよ?」

「……」

「……」

沈黙が痛い、もとい暑い。

「行くか」

「うん!」

二人で山の中を歩く。
じわじわ鳴くのはアブラゼミだ。
みんみん鳴いてるのがミンミンゼミ。
にぃにぃ鳴いてるのはニーニーゼミ。
しゃあしゃあ鳴いてる……のはいないけどこれはクマゼミ。
つくつくほーしと鳴いているのは文字通りツクツクホーシ。
蝉って言うとみんな『寿命が短い』とか『五月蠅いだけ』とか言うが、実際蝉の平均寿命は虫の中では長い方だ。
考えてもみろ、アブラゼミは七年間も土の中にいるのだ。確実に七年以上生きているに決まってる。
その点、カブトムシなんかは幼虫から成虫までの一生が一年ポッキリだ。
クワガタなんかは上手く育てたりすれば結構生きるらしい。
この辺の無駄知識は父さんとジュンさんからだ。

「いっぱい鳴いてるねー」

「後二月だもんなぁ、夏」

蝉が鳴くのは求愛行動だ。
より大きく、はっきりとした音に雌は惹かれる。
因みに雌にも声帯はあるが、雄と比べるとかなり小さい。
捕まえる時、『み゛み゛っ』って言うのはその小さい声帯を使っている証拠だ。

「捕まえても逃がすんだぞ?」

「うん」

折角日の下に出て来たのだ。そう長い時間拘束するのは良くない。

「あ、いたよ」

カエデが指差す方には一匹のアブラゼミが。
じじじじ、と頑張って鳴いている。

「おし、待ってろ」

ゆっくりと後ろから近づいて行く。
と、突然鳴くのを止めた。俺もその場で静止する。
蝉が突然鳴き止むのは周りに対して警戒しているからだ。
この時無理に接近すると逃げられる。
だからまた鳴き出すのを待ってから、捕獲する。
どうやら痺れを切らした様に再び蝉が鳴き始める。
今の俺は普段程の瞬発力はない。が、蝉に遅れを取る気は更々ない。
更に一歩。この時、俺と蝉の距離はざっと二メートル弱。
後一歩。後一歩接近出来れば捕獲出来る。
……良し、今だッ!!

み゛み゛っみ゛み゛み゛み゛み゛っ

「わ、やったやった! ショウ君凄ーい!!」

虫取り網の中で暴れる蝉を左手で優しく掴む。
六本の足を動かして逃げようとする蝉。
こんな小さくても生きているんだな、と実感出来る。

「次は何捕ろうか?」

「蝉さん」

蝉捕りで『何捕ろうか』と聞いてるのにそれを言うかお前は。

「ま、色々捕るか、な」

そして俺達は再び歩き始めた。




じじっ、み゛み゛み゛っ、に゛に゛っ

もうそろそろ昼だ。
取りあえず見つけた蝉は全て捕ったのだが、虫かごの中が凄い事になっている。
蝉はもちろんの事、カエデが木にくっついてるのを見つけたカブトムシやらクワガタやら。
この山って結構凄いな。色々いるぞ。
ミヤマクワガタなんて言うのも捕ったし、ノコギリクワガタも捕った。
いや、無節操過ぎないかこの山。一体何種類いるんだ。

「凄いねー」

「本家に持ち帰ったら師匠に怒られるな」

師匠はあれで五月蠅いの嫌いだし。

「逃がそうか?」

「うん」

カエデが虫かごを地面に降ろし、扉を開けると中にいた蝉達が我先にと飛び立って行く。
生きる事に必死になっているのが、嫌でもわかった。
カブトムシとかクワガタはまだかごの中にいた。
一向に出て行く気配を見せない。
……仕方ない。

「カエデ、みんなの所にお裾分けに行くぞ」

「お裾分け?」

「この阿呆虫どもをお裾分けだ。まずは槇野ん家に行くぞ」

「えっ、あ、待ってよぉ」




槇野の家は、山を降りて少し歩いた所にある。
立派な道場があるのだから、わざわざ如月塾に来なくても良いと思う。
けど本人曰く『あたしっちは最強を目指してるんだから、より強い所に行った方が強くなれるでしょ?』とか。
まぁ、最強を目指すならうちか自衛隊のレンジャー部隊にでも志願した方が良いだろう。
やる気と根気があれば誰でも強くなれる。
……レンジャーは死ぬ気で行かないとやばいかもなぁ。

「カナメちゃーん、遊ぼー♪」

『あ、かえでっち? 水無もいるの?』

「水無月だ」

なんで毎回人の苗字間違えるんだこいつは。

『今からちょっと稽古があるんだけどー』

「カブトムシとクワガタのお裾分けに来た」

『虫?』

「甲殻類節足動物の昆虫だ」

『コガネムシ科のカブトムシとクワガタムシ科のクワガタムシ?』

「よく知ってるな。それだ」

『んー、親が虫苦手だから駄目なんだよねー、うち。ゆきっちかケイのとこ当たってくんない?』

黒金の家? 知らん。

「そっか、時間取らせてすまん。じゃ」

『ん。かえでっち、稽古終わったらこっちから遊びに行くから待ってて』

「うん」

インターホンを切って、俺達は取りあえず神楽の家へ向かった。




神楽の家までは、ちょっと歩く。
神楽の家は神社で、彼女は巫女さんをしている。
今日も多分境内で箒掃いてるんじゃないだろうか。
神社の前にはでかい池があって、前にそこの橋をぶっ壊してしまった。俺が。
神楽の父はどうしようもないクズで、取りあえず刑務所に入っている。
神楽には今、両親はいないが、同居している沢渡さんがいるから安心だ。
でかい池には亀もいるしコイもいる。
橋を過ぎれば後は境内までの石段を登れば到着だ。

「いないな」

「いないねー」

珍しいな、神楽が境内にいないなんて。

「んぁ? 似非碧眼男児と猫娘?」

「あ、沢渡さんだー」

「いきなり人を似非碧眼男児と猫娘とは関心しませんよ」

「今の言うの大変だったろ」

「……はい」

からから笑うこの人は沢渡マキナ。
この神社で修行してるとかなんとか。本当は大学生だ。

「で、うちのお嬢になんの用だ?」

「カブトムシその他諸々をお裾分けに」

「いらん、帰れ」

取り付く島もなしかよ。
相変わらず神楽の意見なしに勝手に決めてるんだろうか、この人は。

「大体な、虫なんて飼えるかこのボケナスあんぽんたーーーーんッ!!!」

すぱーん、と俺の頭に平手一発。痛い。

「虫、嫌いなんですか?」

「嫌いも何も! 昔小学校の頃、飼ってたカブトムシがかごから逃げ出して、朝起きたら顔の上に三匹も乗ってたんだよ!?
顔痛かったし! 気持ち悪かったし! 臭かったし! 息吸うの苦しいし! 何より怖いし!」

「お、落ち着いて下さいよぉ……」

あまりにも凄まじい気迫に圧倒される俺達。
瞬間最高なら師匠ですら上回る勢いだ。あ、カエデが今にも泣きそう。

「沢渡さん、どうかしまし……あ、水無月君とカエデさん。こんにちは」

おぉ、救いの女神が舞い降りた。
袴姿の神楽が天使に見える。

「ユキ、聞けッ! こいつ等はな、人類の敵をあたし達の愛の巣に放り込もうとしているッ!!」

「……『愛の巣』、と言うのは聞かなかった事にしましょう。人類の敵……使徒ですか?」

「違う、虫だ! 甲殻類節足動物の昆虫! インセクト! バグ! ビートル! スタッグビートル!!」

なんかやけにハイテンションだ。そこまで嫌なら諦めるか?

「……はぁ、つまる所虫、カブトムシ辺りを持って来てくれた水無月君達に吼えているんですね?」

「吼えるとはなんだ! これは魂の咆吼だ、叫びうぎゃふ」

うわ、手刀が脳天に入った。あれは痛い。
神楽って当たる瞬間に一番力込めるから痛いんだよなぁ。

「? カエデ、どうした?」

「え……お腹痛い……」

顔を青くしてその場にうずくまるカエデ。
沢渡さんがいくら怖くたってこんなにはならないだろう。つまり。

「平気か? もしかして、盲腸?」

「いえ、盲腸ならもう少し上ですね」

神楽がカエデと同じようにしゃがんでこちらを振り向いた。

「とにかく、中に入りましょう。沢渡さん、手伝って下さい。緊急事態です」

「む、仕方ない」

頭を押さえながら涙目の沢渡さんがカエデを抱き上げる。
その間もカエデはお腹をおさえて顔を青くしている。

「早くしましょう。もしかしたら……」

「もしかしたら?」

「いえ、水無月君には……男の人にはあまり関係のない事かもしれません」

「男には関係ない?」

「あぁ、成る程。絶対不可避のあれか」

男に関係なくて女は絶対不可避のあれってなんだ?
そして俺達は神楽の家に入って行った。




「で、どうなんだ? カエデの様子は」

「そうですね……少し重いみたいです」

何が重いのかはわからんが、取りあえず痛いのだろう。

「あんまり心配しては駄目ですよ、水無月君。それはカエデさんのプライドを傷付けます」

「そう言うもんなのか?」

「そう言うものなんです」

よくわからんが、そう言うものらしい。
しばらくすると、よろよろしながらカエデが帰って来た。沢渡さんも一緒だ。

「大丈夫か?」

「うん……」

やっぱり元気がない。
俺の左隣に座るとそのままもたれかかって来た。仕方ない。

「さて、その猫娘を休ませたら甲殻類と共に帰れ」

「甲殻類の半分くらい、置いて行くつもり全開ですよ?」

「嫌だ! そいつ達は絶対にあたしの顔に攻め込んで来る! 断言する、そいつ達はてきゃんっ!?」

後ろから神楽が目隠し。
暴れる沢渡さんの耳元で一言、神楽が恐ろしい一言をその口から吐いた。

「あんまり五月蠅いと、剣の錆びにしますよ?」

沢渡さん、それ以上抵抗しない方が良いです、いやもう本当に。

「それで、こいつ達もらってくれるか?」

「沢渡さんが五月蠅いので……外で飼うようですね。それでも良いなら構いませんけど」

「おぉ、サンキュ。じゃあ俺、カエデおぶって帰るわ」

半分夢の世界へ飛び立とうとしているカエデの肩を叩く。

「起きろ、帰るぞ。おぶってやるから、ほら」

無言のまま俺の背中に乗っかって首に腕を巻き付かせるカエデ。
どうやら相当参っているらしい。

「水無月君、カエデさんはまだ具合が悪いのでしばらく寝かせておいて下さい。
行きたい、と言う様ならトイレに連れて行ってあげて下さいね」

「あぁ、わかった。世話かけたな。じゃ」

「はい、また明日、本家で」




背中にカエデを乗せたまま帰路へ着く。
もう、夕方だ。

「夕日が赤いね……」

「だな」

丸く輝き、町を照らす夕日が美しい。明日も晴れるに違いない。
そう言えば槇野が稽古終わったらうちに来るとか言ってたな。
もしかしたらもう来てるかもしれない。

「ねぇショウ君」

「んぁ?」

「あのね……ううん、なんでもない」

? なんだ?
しばらく歩くとうちが見えて来た。
玄関の所で待っているのは……槇野だった。

「あ、やっと帰って来たぁ」

「なんだ槇野、ずっと待ってたのか?」

「いやいや、今来たとこ」

そんなに待たせてなかったようで良かった。

「かえでっちどしたの?」

「なんか正体不明の腹痛らしい」

「あー、なるほど」

俺に負ぶさっているカエデを見て槇野が呟いた。なんだ、知ってるのか?

「んー、かえでっちが辛そうだから今日は諦めるわ。ついでにはい、これ」

「む?」

なんか動く茶色い物体が俺の頭に乗せられた。

「……蝉さんだ」

「そ、蝉の幼虫。ここに来る時、道端をのんきに歩いてたから捕まえたの」

俺からは見えないが、どうも俺の頭の上に蝉の幼虫がいるらしい。
しかも現在進行形で移動中だ。段々下の方に来てるぞ。

「部屋のカーテンにでもくっつけておけば今夜中には羽化すると思うよ。
綺麗だからそれ見ながら夏の夜を過ごすのも一興だね」

「それにしても今年は蝉鳴くのが早いな」

「うん。どうも地球の温度が元になりつつあって、その影響で今年はちょっと早いみたい。
逆に冬も早くて寒いかも」

「冗談でも止めてくれ、それ」

「それはどうかなぁ? もしかしたら今年は氷点下まで行っちゃうかもねぇ?」

意地悪く槇野が言う。畜生、俺が寒がりだと知っての嫌がらせか。

―――因みにこの年の冬は早かったが暖冬だったと言う事を俺はまだ知らない。

「あっははは! 水無をからかうのはこのくらいにして、あたしっちは帰るわ。
じゃあお二人さん、二人っきりの夜を楽しんでねー♪」

「とっとと帰れ!」

あいつの言葉は二言目にはあれだ。ったく。

「蝉さん……」

カエデが珍しいものでも見る様に蝉の幼虫を俺の肩に乗っけて眺めていた。
去年も見たのに珍しいだろうか?
重たい右手で鍵を開けて部屋に入った。
カエデを座布団の上に降ろし、蝉は机の上に降ろした。
よちよち歩くその様は幼さと同時に可愛らしくもあった。
必至に歩くそれからは生きる意志が感じられた。

「ショウ君、カーテンに付けてあげよ?」

「だな。いや……」

もっと良い所はないか?
槇野も『羽化を見ながら過ごすのも一興』とか言ってたし、見てみたい。
俺とカエデは一昨年、蝉の羽化を見ているが、あれは綺麗だった。もう一度見たい。

「あのさ、木の枝にくっつけて窓際に置かないか? 月が見える方で」

「木の枝?」

「おう、上に登ったらまた下にくっつけ直して、動かなくなったらそのまま羽化見ようぜ。
一昨年綺麗だったし、また見たくないか?」

「うん、見たい」

と言う訳で、外に気の棒を取りに行く。
生憎、プレハブ小屋の近くには桜の木があるので、そこから落ちている枝を一本拝借した。
水を差した花瓶に枝を突っ込んで、そこに蝉の幼虫をくっつけた。
すると、よいしょよいしょと頑張って上を目指し始める。
―――可愛いな、やっぱ。

「カエデ、腹の調子はどうだ?」

「……少し収まって来たみたい」

「先に風呂入るか?」

「うん」

カエデは着替えを持つと本家の方に行った。
うちの風呂、今日は風呂掃除すらしてなかったからな。
本家は多分もう沸いていると思う。
ここから本家までは一分もかからないから平気だろう。
―――さて、蝉でも眺めながら夕飯の支度をしますかね。




「ただいまー」

「おかえりー」

夕飯を食べて、俺は本家の方の風呂に入って帰って来た。
カエデは返事こそするものの、意識は別のもの……つまりは蝉を眺めていた。
やっと動かなくなったので布団を敷いて電気を消して二人で蝉の羽化を待つ。
月明かりに照らされた蝉は、まるで死んだように動かない。
時間が止まったように感じた。横にいるカエデも黙ったまま動かない。
静かにお互いの呼吸音だけが聞こえる。
まさか寝てるんじゃないだろうな、と横を見やるとぱっちり目を開いてカエデは蝉を見つめていた。
蝉の背が、ゆっくりと膨張していくのが目視でもわかるようになった。
と、同時に俺の体にも何か熱いものが込み上げて来る。
あぁ、そう言えば今日は力がなかったんだ。もうそろそろ午前零時。力が戻る頃だ。
蝉の背が割れ、薄緑色の本体が顔を覗かせた。
ゆっくりと、それを脱ぎ捨てていく。
目が熱い。コンタクトはもういらない。
蝉の肢体が背を逸らして月明かりに照らされた。
まだ硬化していないその体は色素が薄く、月光に当てられるだけで透けて見えた。
美しい、と素直に思った。
小さな、小さな命。その神秘そのもの。
人間には到底出来ない事を、蝉はする。
蝉の一生は、他の昆虫と比べると長い。
幼虫時代は全て地中で過ごし、アブラゼミは大体七年、地中で過ごす。
カブトムシやモンシロチョウが一年しか生きられないのと比べるとどれだけ長寿だかわかるだろう。
羽化し、成虫になってからは最大二ヶ月から一週間しか生きられない。
一般的に蝉の成虫の寿命は一日だとか、一週間だとか言われる事が多いが、実際はカブトムシと大して変わらない。
ただ、その在り方が、寿命を短く感じさせるのかもしれない。
羽化してからはほぼ休む暇もなくオスは求愛行動……つまり鳴き続ける。
メスもまた、自分に相応しいオスを見つける為に音を聞き分ける。
子孫を残すだけに専念し、カブトムシみたくノンビリ樹液なんて吸う暇はない。
樹液を吸いながら鳴き続ける。そこに油断も隙もない。
そう考えると昼間、沢山蝉を捕ってしまった事を少しだけ後悔した。
蝉の一生は人が考える程生半可ではなく、それこそ樹液を吸う暇でさえ惜しいはずだ。
それを阻害したのだから、蝉の使命を俺は邪魔し、その努力さえ気泡に帰さしてしまったのかもしれない。
そんな事を考えている間に、蝉は完全に殻を脱ぎ捨て、体と羽根を乾かし始めた。
やっぱり、綺麗だ。
おそらくあと二時間もしない内に羽化を終わらせるだろう。
そして、明日から番いを見つける為に鳴き続けるのだ。
隣を見ればカエデがもう限界のようだった。船をこぎながらも頑張って起きている。
今日はなんか具合悪そうだったし、余計に眠いんだろう。

「カエデ、もう寝るか?」

「んぅ……?」

半分糸目でこちらを見た。もう限界直前らしい。

「今日はなんか具合悪そうだったし、もう寝よう。蝉はほら、ペットボトル切ったやつ被せとけば逃げないし」

「うん……」

そのままこてっ、とその場で崩れ落ちるカエデ。
限界どころか臨界突破してたらしい。
カエデを布団に寝かせてタオルケットをかけてやる。
ふと、鏡が目に留まったので覗き込んだ。
目は青い。当たり前だ、カラーコンタクトをまだしているのだから。
コンタクトを取って、再び鏡を見るとやっぱり目は青かった。戻ってる。
リリンには『力』がなくなる日があり、大体俺の場合は毎月六日と七日だ。
当然、リリンにとって常日頃から行使しているA.T.フィールドとかが使えなくなる為、非常に危ない日である事には変わりない。
その為、ほぼ全てのリリンがその日を隠す。
俺も例外ではなく、毎月六日と七日は青のカラーコンタクトを目に入れている。
でもコンタクトって何度入れても慣れない。目がごろごろするし、なんか見にくい。
カエデにもまだ言っていない。これの日を知っているのは師匠や父さんくらいだ。
でも神楽や黒金、槇野辺りは心読んだり、推測して大体ばれてると思う。
カエデが知ったら何かと人の心配をする性格なので、きっと大騒ぎされるに違いない。
そうでなくとも俺は充分過ぎる程にカエデに負担をかけている。
右腕のリハビリも然り、如月塾での修行も然り。
これ以上心配させられない。
だから隠す事にした。
ふとテーブルの上を見れば羽化した蝉の羽根が美しい透明な色になっている事に気付く。
そうか、こいつはミンミンゼミだったんだな。
アブラゼミにしては少しでかいと思っていたが、ミンミンゼミなら確かにあのくらいだ。

「ん……うぅん……」

ころん、とカエデが寝返りをうった。
タオルケットがはだけてしまったのでまたかけてやる。
そろそろ寝よう。眠い。
蝉の上にボトルを切ったやつをかぶせ、俺は横になった。
カエデがそれに気付いて擦り寄って来る。
本当、寝ていてもこうやって人にくっついて来る……器用だよな、やっぱ。

「おやすみ、カエデ」

そう言って俺は瞼を閉じた―――。





後書き


二周年記念SS『梅雨時と命の輝き』でした。
なんとも中途半端な終わり方ですが、あくまでこれは本編より前のショウとカエデの日常。
なので、最後はショウが寝て、一日が終わって締める事にしました。
蝉の羽化は本当に綺麗です。
見た事がない人は本当に勿体ない。
来年、夕方辺りに道端でとことこ歩いてる幼虫を引っ捕まえて観察しましょう。
幼虫も可愛いですよね、よね。
蝉の寿命って一週間だとか言われる事が多いですが、アブラゼミやミンミンゼミは長く生きる奴は一ヶ月〜二ヶ月生きます。
短いやつは本当に一週間足らずで逝きますが。
種によってこれまた寿命が異なるので、調べてみるのも面白いかもしれません。
今回は前回の(表の方の)小説更新では久しぶりの更新です。
僕自身の文章体が変わった事もあって、正直、以前書いたものは見るに堪えません(ぇー
来年から社会人で、今までのように時間が取れる事がなくなる可能性が高いので、今より更新速度が落ちる可能性すらあります。
そんなどうしようもない駄目管理人が運営するサイトですが、どうかこれからもよろしくお願いします。




インデックスへ戻る




アクセス解析 SEO/SEO対策