新世紀エヴァンゲリオン
-TILL THE END OF WORLD.-

がいでんその一







2034年12月25日

「はぁ……」

吐いた息が白く染まり空気に溶け込んで行く。
冬休みに入って5日目。
12月25日、今日はクリスマス。良い子のもとにはサンタクロースからプレゼントが届く日だ。
でも12月24日も12月25日もジーザスの誕生日でも何でもない、強いて言えば北欧の神様の聖誕祭だ。
確か『ユール』と呼ばれる北欧の冬の祭りだったと思う。
そこに侵攻したキリスト教徒がそれとジーザス・クライストの誕生日とおき変えた、ただそれだけだ。
で、俺のもとにプレゼントが来るかと言われれば答えは1つ、『NO』だ。
俺にクリスマスプレゼントをやる様な奴はいないし、欲しいとも思わない。
俺には罪を。
11年前、俺が腕を失った時にカエデに植え付けてしまった忌々しい記憶を。

サンタクロース。
あんたが本当にいるならば。
あんたが本当に良い子にプレゼントをやるならば。
カエデの記憶からあの血に濡れた記憶を消してやって欲しい。
あいつにとって1番のトラウマを。





TTEOW1周年記念:雪の日は

SPECIAL EPISODE 1:SNOW DAYS



現在時刻は午後2時丁度。
寒い。
何故寒いかと言われればそれは冬だからだ。
サードインパクト後には地軸が元に戻り始め、日本には冬が戻って来た。
だが、まだ春や秋と言った季節が戻るにはしばらく時間が掛かるらしい。
俺は夏の方が好きだ。
理由は簡単、寒がりなのだ。
暑いのはいくらでも我慢出来る。
寒いのはどうしても慣れない。
カエデは元気に外に連れ出そうとして来るが、それは聞けなかった。

「さみぃ……」

何で俺、外にいるんだろう。
目の前で何故か師匠(せんせい)とカエデが雪の山を作っている。
何故何でどうしてこうなった?
事の発端は師匠が俺らの部屋に来て一言、『鎌倉を作るぞ。手伝え弟子共』と言い、
出来るだけ厚着をして外に出て師匠が鎌倉を作るにあたっての説明その他諸々をして、
さらにスコップ両手に雪山を作り始めたのだ。
で、俺はあまりの寒さに硬直している訳で。

つまりあれだ、例の師匠の突発的なイベントに振り回されている訳だ。なるほど。

「そこの弟子1号、さぼってないで手伝え!」

師匠が俺を指差して言った。
師匠はポニーテールにした黒髪のストレートロングヘアーに、翡翠色の美しい瞳を持つ女性だ。
今は厚着のジャンバーに手袋、それに長ズボンを履いていて、多分中にはカイロがいっぱい貼ってある。
因みに右手には馬鹿でかいスコップが握られている。ちょっと物騒だ。

「師匠、すっごく寒いんです。俺が寒がりだって知ってるでしょう?」

「そうか、では後で私の部屋に来い。きっちり教育してやる」

「ゴメンナサイイマイキマス」

師匠の部屋に入ったら最後、様々な拷問を受ける事になる。
あれは一言で言って地獄だ。
生殺しと言っても良い。
カエデは絶対にあそこへは入らせない。
入ったら最後、精気と言う精気を奪われ、ロクに立つ事も出来ない。

「良し、じゃあとにかく雪山を作れ。でっかいやつだ」

師匠はそう言うと俺に馬鹿でかいスコップを渡した。
本当にでかい。多分これ、土木工事とかで使われる業務用だ。

「よいしょ、よいしょ」

カエデは心底楽しそうに雪山の構築に励んでいる。
俺もスコップでそこらに積もっている真っ白な雪を1メートルぐらいまで大きくなっている雪山に被せる。

「うむ、目標は3メートルだな」

マジっすか、師匠。
そんなに外いたら俺死ねますよ。

「で、水ぶっかけて、明日は穴掘るか」

せめて後2、3人は増援呼びましょうよ。
神楽とか黒金とか槇野とか。

「完成は明後日なんですか?」

カエデが頬を上気させながら師匠に聞いた。
1番働いているのはカエデだからなぁ……。

「速ければ明日の午後には完成するぞ。
そこの馬鹿弟子1号が真面目に働けば」

をひ、俺のせいですか、師匠。

「ショウ君、がんばろ!」

可愛らしく右の拳を握ってガッツポーズを取るカエデ。
でもな、いくら頑張っても寒いもんは寒いんだよ、カエデ。




「し、死ぬ……っ」

結局鎌倉作りが終わったのは午後6時過ぎ。
左手はもう感覚がないほどに冷え切っている。
家、と言うかプレハブ小屋を改良して完成されている俺とカエデの住むここは、結構造りが良い。
暖房、冷房完備……はされていないが水道、ガス、トイレ、風呂だってある。
ちゃんとキッチンもあるし、料理をするのにも困らない。
家に入ってすぐに玄関……があるのは当然で、そのまま直進してリビング。
いつもここで寝るのだ。
何せ元が比較的安値で売っていたプレハブ小屋なので何分部屋数が少ない。
一応個々の部屋はあるが、寝れるスペースは確保出来なかった。
冬場は寒いのかカエデが夜中に俺の布団の中に侵入して来る。これが結構暖かい。
リビングに入って左手にあるのが俺の部屋。続けてカエデの部屋。
基本的に俺達2人はあまりおもちゃとかを欲しがらない。
なので、最低限のものしか部屋にはない。でも狭い。
さらにリビングに入って右手にトイレと風呂。
トイレもちゃんと掃除しているので、たかがプレハブ小屋と侮って驚いた人間が何人いたか。
風呂もまた然り、ちゃんと掃除している。
やっぱり狭い。それさえなければこの家は最高なのだが。
リビングに入って正面にキッチンがある。もちろん冷蔵庫なども全部ここにある。
夜食を作る為にキッチンに行こうとすると俺に見つかる。と言うか跨って行かなければならないのでばれる。
よくよく考えるとこれはすでに『プレハブ小屋』じゃないんじゃないかと思ったりする。
最初は師匠の家で寝泊まりしてたんだが。
でも10歳、小学4年になってから師匠が

『2人で一緒に外で住め。これではおちおちジュンと寝れん』

と言い、急遽如月本家の庭にこの部屋を立てたのだ。
因みにジュンとは師匠のお婿さん。
もう結婚して如月の姓になっているが、旧姓は宮川と言っただろうか。
現在如月流格闘術の師範代として塾生に格闘術を教えている。

ちちちち、と言う焦らす様な音と共にストーブに火が灯る。
ごう、と勢い良く部屋を暖めるべくストーブから吐き出された温風は俺の悴んだ体全体を温める。

「暖かい……」

このままストーブの前で寝てしまいたい願望を振り払い、すぐに夕飯の支度を始める。
今日は聖夜なだけあって豪華なものにしよう。
昨日の内に材料は買っておいた。
ポテトサラダと醤油が染み込んだ鶏肉を焼いたやつ、後はノンアルコールのシャンパンとデザートだ。
2人だから余計に作ると残ってしまう。

それに俺はあんまりバクバク食べる方じゃない。
カエデは時と場合によって違うが、多分今日は食べるだろう。
メニューに取りあえずサーモンを追加しておこう。
レタスやオニオンと一緒に食べると美味しい。

「ショウ君」

エプロンを着けて今まさに料理に取り組もうとした時、後ろからカエデが話しかけて来た。

「あのね、師匠(せんせー)が『今日はうちで食べて行け』、だって」

「じゃあ御馳走は明日だな」

そう言うとカエデは眠そうにもたれ掛かって来た。
あのくそ寒い中で3時間以上鎌倉を造っていたのだ。
疲れるのも当たり前である。

「うにゅ……眠い……」

「頼むからこのまま寝ないでくれ」

「ショウ君、『でりかしー』がないよぅ」

「使えもしない横文字を使うな阿呆」




「来たか弟子1号2号」

「師匠、頼むから殺人事件だけは起こさないで下さい」

「先に黄泉路へ逝くか、ショウ」

「ツツシンデオコトワリシマス」

師匠の料理は殺人的に不味い。
初めて食べた師匠のクリームシチューでカエデは気絶、俺は引きつけを起こした。
カエデはその時の記憶をさっぱり忘れている。
人間の脳と言うやつは心身共に立ち直れないダメージを受けるとその部分の記憶を吹っ飛ばすらしい。
で、それが起こらないとトラウマとなる。

「『如月塾クリームシチュー殺人事件』なんて洒落にならない……」

ぽつりとその言葉を俺は零してしまった。
それが命取りだった。

「ショウ、後でちょーっと話しがある。来い」

最後の『来い』が『(殺してやるから死にに)来い』と聞こえたのは俺だけか。
カエデは地獄への門を開いてしまった俺の事などいざ知らず、左肩にもたれ掛かって寝ていた。
つーか夕飯食えるのかお前。

「みたらし団子いっぱい食べれるよ」

「聞いてない」

と言うか寝てるのに何で俺の考えてる事が分かる。
こんな時でも天然ボケ(?)をかます幼馴染みに鋭く突っ込みを入れる。

「カエデ、残念ながら団子はない」

師匠が哀れみを込めた口調で寝てるカエデに言う。
これで聞こえてたらすごいぞ。

「じゃあケーキぃ……」

「それはあるぞ。特大のやつがな」

何故寝てるのに喋るんだお前は。
そして何故あんたも普通に会話する。

母さん、俺、目の前の現象に涙が出そうです。
カエデ、頼むから人間らしく普通に寝ててくれ。
寝てるのにあたかも当然の様に会話を成り立たせないでくれ、頼むから。

「良し、では苦しみますパーティーを始めようか」

「師匠、字が違います」

どちらかと言うと字って言うか言葉そのものが。
苦しむパーティーなんて嫌だ。

「ジュン、夕飯出来たか?」

師匠が台所に向かって呼びかける。
ああ、ジュンさんは台所にいたのか。
つまりあれだ、師匠の殺人料理を食べなくて済むと言う訳だ。万歳。

「はいはい、じゃあ始めようか」

黒い短髪にフレームが細い円形の眼鏡。
そして人の良さそうな笑顔。
如月ジュン。
師匠の伴侶であり、実力一本で如月流格闘術の師範代を務める男。

普段は気の良いお兄さん。
でも戦いに入ると人が変わる。
どのくらいかと言えば360°回転してさらに210°回転した様な正確に変わる。つまり怖い。
車とかでハンドル握ると性格が変わると言うけれど、この人の場合は格闘場に入ると性格が変わる。
だから格闘場の掃除は俺とカエデとその他多数で行われる。
みんな、怖いんだよな。
でもな、その妻たる師匠の方が10倍は怖いんだぞ。

「何か言ったかショウ」

「いえ、何も」

ほらな。
ジュンさんはいつも良い人だけど師匠はいつもこんな怖いんだ。
ジュンさん曰く『それが可愛い』らしいけれど。

様々な料理が如月家のリビングにあるどでかい卓袱台に乗せられて行く。
……和風な卓袱台に洋風の食べ物って何か似合うなぁ……。

「さぁ、食べようか」

ジュンさんの声を聞いてカエデの目がゆっくりと開いて行く。
こう言った祝日とかの料理は欠かさず食べるカエデだ。今のが起動スイッチになったんだろう。

「はっぴばーすでーとぅーゆー」

「誰の誕生日だ誰の」

寝起きで天然ボケ(?)をかますカエデ。ある意味すごい。

因みに今この部屋には色々な装飾が施されている。
部屋の角には小さいがクリスマスツリーもおいてある。
―――何故かクリスマスツリーに願い事が書いてある紙が吊されているが無視しよう。

「ホワイトクリスマース!」

バーン、と勢い良く襖が開かれる。
そこに立っていたのは……。

「てめぇか黒金ぇーっ!!」

ザ・ハイキック。
思いっきりハイキックを奴の側頭部にクリティカル・ヒットさせた。

「ジーザス・クライストっ!?」

謎の断末魔を残して黒金をノックアウトした。
これまでの時間は約5秒以内の出来事だ。

「見事な蹴りだったな」

「ちゃんと足を伸ばしていたし、良いお手本になるね」

「てくにかるのっくあうと〜」

「せめてちゃんと起きてから意見を言え」

頼むからそんなギネスに載りそうな事をしないでくれ。

「我が戦友よ……私の屍を越えて行け」

「もれなく『あ、間違えて踏んじゃった』セットがあるが、それで良いか?」

「すまん、止めて」

あれを喰らいつつまだ立てるとは相変わらずタフだな、おい。

こいつは黒金ケイ。
一応如月流格闘術を習っている見た目は女で中身は男。
女装大好き男を捨てた女(自称)。
でも男。
さりげに手術して胸がある。
あれだ、シリコンを入れたりするって言う、あれ……だと思う、うん。
下はあるらしいのだが、俺はどうもこいつが男と女の狭間で漂っている様にしか見えない。
たまに汐らしくなるのだが、一撃入れると元に戻る。
容姿は案外良くて、肩まで伸びた黒髪に、底を見据える様な黒い瞳。
でも中身が変態だ。
そして如月塾でも1、2を争う変人だ。

「変人だなんてそんな褒め言葉、私喜んで脱いじゃうよ?」

「脱がんで良い、この変人」

と言うか何故変人で喜ぶ。

「それはね、何よりも私は他人と違う様になりたいからです!」

ズビシィッ、と俺を人差し指で指す。
じゃあ何だ、俺も変人の一種か何かか。
カエデなんて寝ながら意思疎通する強者だからな、より変人だ。

「そう、貴方も変人なのよ!」

「心を読むな変態」

「それはショック!」

変人も変態もあんま変わらないだろうって。
―――そんな事言ったら変人の俺も変態……?

「わーい、自爆した自爆ー」

「黙れ変質者」

取りあえずA.T.フィールドで潰しておこう。

「んぎゃー、放せ触るなちかーん!」

「そんなに車に轢かれたヒキガエルになりたいか?」

「ご、ごめんなさいぃ……」

これで大人しくなった。
さて、パーティーを始めようか。




ポンポンポン、とシャンパンのコルクを抜く音が部屋に鳴る。
因みに1発黒金の脳天に当たった。

「メリークリスマース!」

先程まで寝ていたとは信じられないハイテンションでカエデが声を上げる。
3本のシャンパンの内1本はノンアルコールのジュースだ。
俺とカエデは未成年なので、なるべくなら飲みたくない。(因みに黒金も未成年だ)

「ユリ、あんまり飲み過ぎちゃいけないよ?」

「大丈夫。ちゃんと自制心は持ち合わせている。前回の様にへべれけになったりはしない」

師匠は酒に弱い。
どのくらいかと言われれば塩を掛けられたナメクジぐらい弱い。そりゃもう一方的に。
以前酔った時はジュンさんに絡んでいきなり脱ぎだした。
あれには驚いた。
ただしその話題を出そうとすると部屋に連れて行かれる。
それイコール禁句だ。

「ショウふん、おいひぃへ」

「頼むから口の中のものを飲み込んでから喋ってくれ」

意味は分かるんだが、マナーとして守って貰いたい。

「それにしてもカーちゃん、いつもながら素で萌えるね」

「一部の人間にしか分からない言葉を使うな馬鹿者」

と言うかいつの間にあの拘束から抜けたんだこいつは。
今日は当社比2倍の怪しさだ。

「違うよ、『怪しい』じゃなくて『妖しい』」

「心を読みつつ文章にせんと分からない事を言うな」

心読者(マインドスキャナー)』ってみんなこうなのかよ?

「失礼な、私だからこうなのよ」

「色々文句を言いたいが一応理解した」

こいつに付き合ってると身が持たない。
黙々と自分の皿に食事を取っている神楽を見習わなければ。
………楽? それに槇野?

「こんばんわ、水無月君。先生がクリスマスパーティーを開くと言うので途中から出席させて貰いました」

「ついでにあたしっちも一緒だからそこんとこよろしくー」

「……」

何で、何でこう言う日に限って、このタイミングで集まって来るんだお前等……。
せめて鎌倉作りの時に来てくれ。
俺に安息と言う日々はないのか?

「まぁ、ないよね」

「断言します、ありえません」

心読者(マインドスキャナー)』な変態と和服が似合う神楽が声を揃えて言った。

「ショウ君、ぼーっとしてるとみんな食べちゃうよ?」

やっとこさまともな言葉を投げかけてくれたのはカエデだった。
だけどな、カエデ。お前は自分がそう思ってる以上にアブノーマルなんだぞ?

「あー、今水無がかえでっちの事を心の中で迫害したー」

「俺は水無月だ。そして勝手に人の心を覗くな人権侵害するな変態」

「うにゅ……ショウ君、私って迷惑?」

うぅ……カエデが斜め下45°から涙目で上目使いして来るぅ……。
カエデ、それは反則だ。そんな顔されたらもし迷惑だとしても何も言えなくなる。

「あ、今カーちゃんの事間接的に『可愛い』とか思ったでしょ。『可愛い』とか」

それを聞いて、ブチ、と頭のどこかの血管が切れる音がした。

「少し黙ってろこのド変態!!」

「きゃー怒った怒ったー♪」

「まちやがれ、今日と言う今日こそはお前の脳髄を木っ端微塵に粉砕してやる!!」

「きゃははは、やっだよーん♪」




Kaede Side

夢を見てる。

3歳、ううん、2歳の頃の夢。

11年前の出来事。
私のお父さんとお母さんはお仕事が忙しくて私の世話をする事が出来なかった。
そして、私はお父さんとお母さんの高校生からのお友達だったショウ君のお父さんとお母さんの所に預けられた。
そうやって暮らしたのはたったの3ヶ月。
初めは、ちょっと恐かった。
知らない人のお家。
知らない人達。
知らない男の子。
……知らない、空気。

シオリ小母さんはすっごく優しくしてくれた。
本当のお母さんみたいに夜寝る時も子守歌を歌ってくれたし、
悪い事をしたら怒られた。良い事をしたら褒めてくれた。
カズト小父さんも優しくしてくれた。
ショウ君とはケンカもしたし、一緒に遊んだりもした。
すっごく、楽しかった。
何でこんなに覚えてるのか分からないけれど、楽しかった。
そして、知らず知らずの内にショウ君の事が好きになってた。
小さい頃から続いてる恋はまだ成就してないけれど、いつかきっと必ず、告白しようと思う。
けれど。
今までそんなチャンスはいくらでもあった。
ずっと、2歳の頃から一緒なのに、チャンスがないわけがなかった。
なのに。
なのにそれが出来ないのは、私に負い目があるから。
ショウ君の右腕を失う原因を作ったのは他でもない私だから。
だから、私はショウ君にこれ以上求めてはいけない。
今の関係も気持ち良いけれど、告白したい気持ちもある。
でも、ダメ。
それは許されないから。
いくらサンタさんに頼んでも、それだけは叶わないから。私が許さないから。
だから、私はクリスマスに祈りを捧げる。

『ショウ君の右腕が治りますように』、と。

「どうしたカエデ」

師匠がぼーっとしてる私を心配して声を掛けてくれた。
師匠には結構お世話になっている。
ショウ君が機械鎧(オートメイル)のリハビリが終わったのが5歳の時。
それから2年後の7歳の時からずーっとお世話になってる。
私たちの事を本当の子供みたく扱ってくれて、すごく嬉しい。

「なんだ、また眠いのか?」

「違いますよぉ」

それは確かに眠いけど。
いつもショウ君に起こされているからちゃんとお昼寝して朝起きれるように睡眠を取っているのに、眠い。
良く分からないけど、眠い。
起きたらご飯を食べて、寝る。
―――私、もしかして牛さんになっちゃう?

「やっと捕まえたぞ、黒金」

「うぅ……私汚されちゃう」

「人聞きの悪い事を言うな変態」

「酷っ!?」

ショウ君とケイちゃんの鬼ごっこが終わったみたい。
ショウ君がケイちゃんに馬乗りになって……。

―――ショウ君がケイちゃんの上に乗ってる?

「しょ、ショウ君のけだものさーん!!」

「誰がけだものだネコ娘ーっ!!」

うにゅ、確かにネコ言葉使ってるけどだけど、だけど……。

「ふぇーん、ショウ君がケイちゃんを襲ってるぅ〜」

だけど、そうにしか見えないんだもん!

「誰がこんな雌雄同体の変態野郎を襲うかたわけーっ!!」

「ひ、酷っ!? さっきより酷いよ!?」

「水無月君、女性に対するデリカシーがありませんよ」

「こいつは女か!? 女なのか!?」

女の子じゃないのかな、やっぱり。

「はい、黒金さんは立派な女性ですよ」

「そーそー、男女差別は良くないぞ水無ー」

「俺は水無月だーっ!!」

ショウ君、今日はいっぱい吼えてる。
でも、すっごく楽しそう。

うにゅ……少し暑くなっちゃった。
表に出て涼もう……。




Yuki Side

水無月君がプッツンしてから約30分。
黒金さんは彼に捕まってどこから出したのかは分かりませんが、縄でぐるぐる巻きにされてしまいました。
師匠(ししょう)はお酒を飲み過ぎて半裸状態。女性としてあられもない姿です。
碇さんは約10分前に『暑いから涼んで来る』と言ったまま外。
私と槇野さんは2人でこの場を観察していたのですが……。

「いやぁ、あれだねゆきっち。『人の観察ほど面白いものはない』とは良く言ったもんだね」

「同感です」

おそらく観察してて飽きないのはこのメンバーだからかもしれませんが。

「それにしてもかえでっちはまだ帰って来ないね。ちょっと見て来ようか?」

「いや、俺が行って来る」

先程まで肩で息をしていた水無月君が名乗りを上げました。
碇さんを連れ戻しに行くなら彼が適任でしょう。

「んじゃ、行ってらっさい。こっちは任せて誰も見てない所で1発ガツンとやっちまいな」

「お前も孵化しない蓑虫になりたいか、槇野」

「冗談、まだまだ未来があるのにケイみたく簀巻きにされるのは勘弁」

「あれは自業自得だ」

そう言って水無月君は部屋を出て行きました。
―――まさか本当に1発ガツンなんて事、ありませんよね?




Shou Side

部屋を出て廊下を真っ直ぐ進み、玄関へ出る。
槇野の奴、あんな事言ってたが、俺にそんな事をする気も度胸も資格もない事を知っているハズだ。
―――いや、だからでこそ言ったのか。

「寒……っ」

外は一面雪で白く染まっていた。
今年はホワイトクリスマスだ。
雪ってのは見る分には綺麗なんだが、実際雪遊びをすると面白いかと言えば微妙だ。
面白い事は面白いのだが、いかんせん寒がりの俺にすぐ慣れろと言うのは酷だ。
……そう言えば神楽の名前ってユキだったな。

そんな事を考えながら無駄に広い如月の屋敷の門への石段を降りる。
如月の屋敷は山の頂上にある。
そんで門が1番下。
宅配便とか大変だよな、本当。
数えた事こそないが結構な段数だ。
宅配便とかは下の門に付けられているインターホンを押した後、登って来る。
ただ、山と言っても低い山で標高200メートルから300メートルが良い所だ。
当然ながら地上より高いので少し下よりも天候が不安定だ。
師匠曰く『天候に左右される程度で如月の名を語ろうなど100億年早いわ』だそうだ。
100億年経ったら地球滅んでないか? と言う疑問は無視して石段を降りて行く。

―――いた。

見覚えのある茶髪が門の前で立ち尽くしていた。

「カエデ」

俺が声を掛けるとこちらを向いた。
鼻の先が赤くなっており、涼むつもりが逆に冷えすぎてしまったようだ。

「……ショウ君」

ん?
何だか違和感がある。
いつもなら『ショウくーん♪』って抱きついて来たりするのに。

「寒いだろ?」

「うん」

やっぱりおかしい。

「ショウ君、おんぶ」

「……ほれ」

腑に落ちない所はあるが、取りあえず背中を向けて屈んだ。
カエデの体が俺の背中に密着して、俺は腕をカエデの脚に回して立ち上がった。

「ショウ君の背中、暖かい……」

「お前の体は冷え切ってるぞ」

長い階段をカエデを乗せて登る。
ひたすら無言で、カエデの心音だけが聞こえる。

と、不意にカエデが俺の右腕に触れた。
優しく、けれどもどこか哀れむように右腕を撫でるカエデ。

「私のせいで、右腕なくなっちゃったんだよね……」

「え……?」

今、こいつ何て……。

「私があの時……あの時動いていれば、ショウ君は腕を失わずにすんだのに……」

10年前のあの時。
倒れて来る鉄柱からカエデを守るために俺は右腕を失った。
でもそれはカエデのせいじゃない。
でもそれをこいつは自分のせいだと思い込んでいる。
トラウマ。
毎年クリスマスが近くなるとカエデの体調が崩れる。
10年前のあの事故……いやどちらかと言えば災害か、あの日はクリスマスだった。
家に来て初めてのクリスマス。
でもそれは使徒の再来によって炎と血に塗られた惨劇の日と化した。
それをカエデははっきりと覚えている。
もちろん俺だって覚えているが、あれは間違いなく使徒のせいでカエデのせいじゃない。
でもそれをこいつは自分のせいだと思い込む。
そしてそれが体調に現れる。
そして、1人で思い詰める。

「冷たいよぉ……ショウ君の右手、冷たいよぉ……」

俺の背中の上で泣き始めるカエデ。
それほどまでに精神的な苦痛になっているのだ。

「それはお前のせいじゃない」

「でも……でも私が動かなかったから!
私がぼーっとしてたから!
私が……ショウ君を逆に突き飛ばしてれば……っ」

自己犠牲。
今のカエデの言葉はそれに尽きるだろう。
もし自分が逆に突き飛ばそうとした俺を押し返したら。
そうすれば、俺の右腕は失われなかった。
でも、そうしたらどうなる?
そうしたら、カエデは死ぬ。
俺は、そんなのを耐えられない。

「私が……私のせいで……っ」

違う。

「私が……潰されてれば……っ」

違う。

「私がいなければ……っ」

違うっ!

「いい加減にしろ、カエデ」

「っ!?」

「あの時ああしてなければお前は死んでいた」

「でもっ、でも……私がいなければ……」

「俺は、お前がいないのは嫌だ」

「え……」

「あの時お前を助けてなかったら今の俺はいないし、お前もいない。
師匠に会ってもいないし、神楽にだって、槇野にだって、黒金にだって会ってない」

「でも……でもぉ……」

カエデの嗚咽が弱々しくなって行く。

「俺はあの時の自分に後悔してない。
むしろ感謝してる。
あの事故がなければ俺は今お前と話していないし皆に会ってない。
この腕のおかげで、今の俺がある。
だから、俺は後悔していないし、感謝してる。
……あの使徒は殺したいほどムカつくけどな」

全部、吐き出した。
今までは適当にカエデの気持ちをある程度肯定してやったりして落ち着かせて来たが、
もうそんな事はしたくない。

「私は……私はどうしたら償えるの……?」

「償いなんていらない。
強いて言えば泣かずにいつもみたく元気でいてくれ。
その方がお前らしいし、こっちも元気が出る」

「私を許してくれるの……?」

「許すも何もお前は何にもしてない。
あれは不慮の事故だ」

「私は、悪くないの……?」

「一体いつ誰がお前の事を『悪い』と、『お前のせいだ』なんて言った?」

そんな事は、誰も言っていない。
カエデは辛い事を全て自分で背負い込んでしまう時がある。
でも、それは決してカエデのせいでなく、周りのせいだ。

「私……私ショウ君の側にいて良いの?」

「誰がお前に『寄るな』なんて言った?
いつもみたくハイテンションで俺を振り回してくれ。
じゃないと調子が狂う」

「……うん」

カエデは落ち着いた様で、俺の背中に身を任せて、こう言った。

「ありがとう、ショウ君」




長い長い石段を登り切り、如月本家の玄関に入る、と。

「ショウ、私は見損なったぞ。
お前が欲望に任せてカエデを襲うとは!
成敗!!」

「ちょっと待てーーーーっ!?」

何だ!?
一体俺が何をした!?
確かにそりゃあカエデの体は温かくて柔らかくて冬場は天然の湯たんぽ兼抱き枕だけどそれがどうしたっ!?

と、玄関に入るや否や暴走した師匠に首を捕まれぶんぶんカエデを背に乗せたまま振り回される俺。
間違いなく今の師匠には酒が入っている。
絶対に。

ぱかーん

「あぅっ!?」

「ユリ、飲み過ぎやり過ぎ暴れ過ぎ」

バタンキュー、と師匠が前のめりに倒れた。
後ろではジュンさんが師匠の腰を持って体勢を支えていた。

因みに師匠の後頭部に直撃したのは風呂場にある桶だ。

「まったく、すぐに調子に乗って飲み過ぎるんだからユリは」

ふぅ、とジュンさんは溜息を吐いてこっちを見た。

「どうだったかな? 2人でお楽しみ出来たかな?」

「んな事してませんしあんたが元凶ですか」

「ショウ君とお楽しみ……ショウ君とお楽しみ………」

こら背中に乗ってる幼馴染み、何妄想してやがる。

「碇さん、水無月君に変な事されませんでしたか?」

「一々気配隠すな」

おのれは忍者か。

「ううん、されなかったよ」

「俺は何もしてないぞ」

「……」

無言で俺を見る神楽。
その目は『何で碇さんの頬に涙の跡があるんですか?』と訴えていた。

「あーあ、かえでっちを泣かした人でなしー」

「へんたーい、へんたーい、へんたいたーい♪」

槇野はともかく黒金の言葉は一つ一つ癇に障るので再びA.T.フィールドで潰した。

「なぁ、何で玄関にこんな集まって来るんだよ」

「それはねぇ?」

「も、もちろん……」

「お2人の仲が一気に『友達以上恋人未満』から『婚約者』まで飛んだのかを確かめに」

「しょ、ショウ君と婚約………(///

何て事を3人にのたまわれて俺はそのまま項垂れた。
……なんでこいつ等女なのにこんなネタばっか好きなんだよ……。




午後10時過ぎ。
黒金と槇野は爆睡している。それはもう無防備に。
神楽は師匠に酒を飲まされたらしく水を飲んで酔うのを凌いでいる。だからさっきあんなノリノリだったんだな、納得。
カエデは壁に寄っかかってうつらうつらと船を漕いでいる。そろそろ夢の世界に旅立つだろう。
師匠はジュンさんの膝の上で寝ている。
当の俺はと言えば、今は適当にピアノを弾いている。
師匠が昔使っていたらしいが、今はほとんど俺専用になっている。

♪〜♪♪♪〜♪♪♪〜♪〜♪♪♪♪〜♪〜

ピアノの主旋律を追うように第二旋律が追い掛けて行き、そして第三旋律が追走する。

Kanon。

正確には『3声のバイオリンによるカノンとジーグ』だ。
バイオリンは弾けないのでピアノだが。

「相変わらずお上手ですね」

「そうか?」

神楽の声に俺は答えた。

「いつから弾いているんですか?」

「いつからだっけなぁ……機械鎧(オートメイル)付けてリハビリの後だから……」

ひいふうみいと頭の中で年月を計算する。

「大体7歳の頃からだな」

「時を積めばここまでスキルアップ出来るのですか」

「まぁ、ほとんど自分で適当に音合わせて弾いてただけでここまで出来れば上等だわな」

「それは才能と言うものですね」

「いや、ただ単に知覚が高いからだろうな。それがなければここまで出来ない」

「しかし機械鎧(オートメイル)でここまで出来るのは大した事ですよ」

神楽はそのまま目を閉じて、口を開いた。

「碇さんと何かあったのでしょう?」

「ちょっと一悶着な」

「事は良い方向に進みましたか?」

「……多分」

取りあえず良い方向……なのか? あれ。

「そうですか、良かったですね。
今日はクリスマスだからサンタクロースが来てくれたのでしょう」

「遥々雪国からこんな極東の島国までご苦労な事で」

♪〜♪♪♪〜♪〜♪〜♪♪♪〜

軽快な、それでいて落ち着いたピアノの音色が如月家に響き渡る。

「……水無月君の演奏聴いていると眠くなって来ますね」

「そうか?」

全然自覚がないんだが。

「優しくて……暖かいんですよ、音が」

「俺はただ鍵盤叩いてるだけだぞ」

「でもすごく眠くなって来ますよ……ふぁ……」

そう言って欠伸をする神楽。
それさえも立派な絵になっている。
美人は何しても美人だと言う事か。

「……何だか今、褒められた気がするのは気のせいですか?」

「完全無欠に気のせいだ」

何でこう勘が鋭いんだろう、こいつ。
神楽は『投影者(トレーサー)』で、『心読者(マインドスキャナー)』ではない。
なのにこいつは的確に人の心を読む。
ある意味、才能である。
ちょっと迷惑だが。

「今度は迷惑呼ばわりされた気が」

「絶対に気のせいだ」




「ふう……」

ピアノを弾き終わった後、神楽はすぐに寝てしまった。
取りあえず居間にいる全員に毛布を掛けてやった。
いくら暖房が付いていても風を引いてしまう。
リリンの俺や師匠、神楽に黒金、槇野は平気かもしれないが、その他2名は風を引くだろう。

「ふぁ……っ」

欠伸をしながら時計を見るとすでに11時を回っていた。
そろそろ寝ようと思い、部屋の隅に行って壁を背もたれにし、毛布を被ってからすぐに俺の意識は闇に落ちた。




ゴソゴソと、音がする。

「ショウくぅん……どこぉ……?」

意識は半分覚醒しているが、体は完全に眠っている為、ほとんど外界を視認出来ない。

「あ、いたぁ……」

そのどこか幼い声の主は俺の近くまで来ると俺の毛布の中に侵入して来た。

「えへへ……クリスマスぐらい、良いよね……?」

声の主は俺の胸の中にすっぽり収まると小さく呟いた。

「メリークリスマス、ショウ君……」







後日談。

次の日起きたらカエデが幸せそうに俺の毛布の中で寝ていて皆に責められた。

で、2日酔い気味の師匠は頑張って鎌倉制作の指揮を取り正午には何とか完成した。
ちと荒技使って荒削りしたが。
因みに神楽・槇野・黒金の3人も手伝わせた。
神楽はそれなりに楽しんでいたし、槇野も最初は嫌そうだったが途中からノリノリだった。
黒金は逃げようとしたので俺と師匠のA.T.フィールドで潰した。

そして、その夜にはもう1度パーティーが開かれた。
本当に皆祭り好きである。何の意味があるパーティーかは分からなかったが。
で、俺はプレゼントに師匠から春雨を手渡された。
春雨は如月家の家宝。
それを俺なんかが持って良いのかと師匠に聞いたら、
『私はお前を認めたんだ。遠慮せずに持っておけ』と言われた。
カエデはあれで結構裁縫が得意で好きだから裁縫セットを。
神楽達が来る事を予想してたのか神楽には赤いリボンを、
槇野には蝶々のブローチを、黒金には何か薬品っぽいものを渡していた。
でも、普通は昨日渡すだろう。

で、案の定カエデは訳の分からない摩訶不思議なスピードでマスコットを製造し、皆に手渡した。
やっぱりカエデはアブノーマルだ。

でも、そのいつもの笑顔が何故か俺にはとても清々しく見えた。





後書き


まず最初にごめんなさい。
今回の総容量四捨五入して34KBに到達。
なんでやねん。
何故こんなに容量でかいのか自分自身に小一時間ほど問い詰めたい。
けれども自分なりにこの一年間の集大成みたいな感じになりました。
取りあえず今回は新キャラが多数登場しました。

神楽ユキ
多分今回の新キャラで一番まともな人。
投影者(トレーサー)』なんですが戦闘はないので能力は割合。
因みに和服が似合う大和撫子。
14歳。

槇野カナメ
一度も下の名前が登場しなかった人。
彼女は『心読者(マインドスキャナー)』なんですが、ちょっと黒金ケイと被った感があります。
一人称は『あたしっち』と気楽で気さくな人です。
14歳。

黒金ケイ
男なんだけど女な書いてて面白かった人。
心読者(マインドスキャナー)』でショウの心を読んでおちょくったお笑い系キャラ。
13歳。(誕生日が1月のため)

この3人は本編で出したいなぁと検討中です。

如月ユリ
創作者(クリエイター)』でショウとカエデ+3人娘の師匠。
イメージとしては『鋼の錬金術師』のイズミ。
体が弱いって事はなくて酒に弱い。一方的に。
24歳。

如月ジュン
女っぽい名前のユリの夫。
道場に入ると性格が変わる変な人。
24歳。

計5人ですか、今回の新キャラ。
実は槇野と黒金の2人は即席コンビ。
ユリとユキ、ジュンは前から出そうと決めていたんですけどね。
でも結果的に面白かったから良いや(ぇー

で、あれかな書いた感想としては初めての短編で1話の中で纏めるのに苦労した。
短編をポコポコ出せる人は尊敬もんですよ、マジで。
でも一発ネタがいっぱい使えましたし、結構満足してます。
次回はもうちょい容量落とそう………(滝汗

因みに題名は適当(死






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