「うぐぅ…」

 奇妙なうめき声とともに雪の上にダイブする少女。

 実際の年齢よりもずいぶん幼く見られるであろう、その容姿に。

 赤いカチューシャと。

 小さな白い羽と。

 大事そうに抱えられた紙袋。


 月宮あゆは今日も元気だ。








      たいやきと少女とお願いと


by   KAKKI








 「うぐぅ…痛いよぉ…」

 「…あゆよ、いつも思うのだが…」

 雪の上にひれ伏す格好となった少女のそばには、
心配するというよりも半ば感心した様子で彼女を見つめる一人の少年の存在。

 少女を7年間の眠りから救い出した少年。
 少女の想い人にして、少女を想う少年。

 相沢祐一。


 「…うぅぅ……」

 恨めしそう眉をひそめるも、それは彼女の可愛いさを強調する手助けにしかならない。

 「お前、俺に奇襲かけて嬉しいか?」

 「違うよっ!!! 祐一君に抱きつこうとしたんだよっ!!!
  それなのに祐一君が避けるから…」

 「あのなぁ…急に変なうぐぅが聞こえたかと思ったら、
  それに輪をかけて変なうぐぅがいきなりタックルを仕掛けてくるんだぞ?
  そりゃ俺じゃなくても普通避けるぞ?」

 「…うぐぅ…ボク、うぐぅじゃないもん……」

 「おいおい、そんなに謙遜することないぞ。
  昔から『うぐぅを制する者は世界を制する』と言うだろ?」

 「そんなこと言わないよっ!!!」

 「『うぐぅは一日にして成らず』とも言うな」

 「だからそんなこと言わないよっ!!!!」

 「『うぐぅは食いたし命は惜しし』とかな」

 「…ボク食べられたくないよ……」

 「大丈夫だ、誰もうぐぅなんて食べたがらないからな」

 「…うぐぅ……それも何となく嫌だよ…」

 「………そんときゃ俺が食ってやる……」

 「…うぐぅ? 祐一君、何か言った?」

 「いや、なんでもないぞ、うぐぅよ」

 「だから、ボク、うぐぅじゃないよっ!!!!」

 …振り出しに戻る。



 少女と少年の毎日繰り返されるこうしたやりとりは、商店街でも有名なものとなっている。

 初めの頃こそ周囲の視線を気にしていた少年ではあるが、そこは類まれなる芸人魂を持つ男、相沢祐一であるわけで。
 最近ではそれを気にしないどころか、あゆとの漫才の聴衆とさえ捉えるようになってしまった。

 不幸なのは、自身の意思に関係なく少年に付き合わされる少女であろう。
 本人が周囲の目にさえ気づいていないのが、せめてもの救いというところか。




  * * *




 「ねぇ、祐一君?」

 「なんだ、うぐぅ?」

 「…うぐぅ……もういいもんっ!!!」

 …ついやり過ぎて怒らせてしまった。
 いつものことだが、こいつを見ているとどうしても俺の中の何かが疼く。
 きっと前世で俺はこいつによっぽどひどいことでもされたに違いない。

 …しかしこいつ、それは怒った顔のつもりか?
 ……ちょっと可愛過ぎるぞ……

 「悪い悪い。からかい過ぎた」

 「………」

 「ごめんな、あゆ」

 素直に謝る。
 今回は俺が全面的に悪い。

 「……もう、言わない?」

 あゆは、すぐに許してくれる。
 こいつは、優しいから。
 …食い逃げはするけど……

 しかし、ここで普通に返してしまっては相沢祐一の名が廃るってもんだ。

 「…あぁ……と言いたいところだが、それは約束できない」

 「祐一君っ!!」

 思った通りの反応。
 俺が最後まで素直でいると思ったか?

 「…俺はやっぱり、相変わらずうぐぅなお前が好きだからな」

 そして思わぬ角度からの不意打ち。
 これぞ俺流。

 「ゆ、祐一君っ!!?」

 「…だから俺はお前をからかうことを止めたくはない。
  好きなお前とそうしているのが楽しいからな。
  でも、お前が嫌だって言うならもうやらない。
  ……あゆは、嫌か?」

 とどめもしっかりと。
 …とは言っても、ほとんど本音だな。

 「……うぐぅ…そんな言い方ずるいよ……」

 真っ赤に染まった顔は、やはり可愛くて。

 「最高の褒め言葉だ」

 そう言ってくすっと笑って締めるはずだった俺は、そんなあゆを直に見てしまい。

 …………

 「了承」

 どこからかそんな声が聞こえた気がした。




  * * *




 「そういえば、あゆ?」

 紙袋の中のたいやきは、少し冷めちゃってたけど。
 …だって、祐一君が急に抱きしめるから……
 ボクもつい、ギュッ…って。
 ……うぐぅ…恥ずかしいよ…

 でも、冷めてても、大好きな人と食べるたいやきは、やっぱりすごくおいしかったよ。


 「何、祐一君?」

 「さっき、お前何て言おうとしてたんだ?」

 「あ、あのね?
  …たいやき屋さん、あったかくなったらやっぱりいなくなっちゃうのかな…」

 「なんだ、そんなことか…」

 「そんなことか、じゃないよっ!! 僕にとってはすごく大切なことなんだよ!!?」

 たいやきが食べられなくなるなんて、ボクには考えられないよ…

 「そうだな。
  たいやきの無いあゆなんて、あんこの入ってないたいやきみたいなもんだよな」

 「そ、そんなのおいしくないよっ!!!」

 何を言い出すんだよ、祐一君。
 ボクはそんなのたいやきとは認めないよ!!

 「おいおいそっちかよ…」

 祐一君は、ちょっと呆れてるみたいでした。

 …うぐぅ…なんで?
 祐一君は、あんこの入ってないたいやきが好きなのかな…


 「まぁ、ずっと開いてることはないだろうけど…
  この街は寒いから。だからまだしばらくは閉めないだろうな」

 「え?」

 変なたいやきのことを考えてたから、ボクは祐一君の言ったことの意味が分かりませんでした。

 「たいやき屋のことだよ。お前から聞いてきたんだろ?」

 「あ、そうだったね」

 そうでした。ボクから持ちかけた話でした。
 うぐぅ…ちょっとうっかり…

 「ボクは…冬でも夏でも、いつでもたいやきを食べたいよ…」

 たいやきの無い生活なんてボクにとっては拷問だよ…


 「やっぱりお前はあゆだよなぁ…」

 「…うぐぅ…?」

 「いや、あゆと言ったら羽にカチューシャ、手袋、うぐぅ、そしてたいやきだよな」

 「うぐぅ…否定できないのが少し悔しいよ…」

 祐一君…いじわるだよ…

 「まぁ大丈夫さ」

 「…え?」

 「別にずっと食べられなくなるわけじゃないんだ。
  少しぐらい我慢できるだろ?
  いざとなったら秋子さんに作ってもらうという手もあるしな。
  それに……」

 「…うぐぅ…?」

 「もう、7年間も待つ必要は無いんだ。
  来年も、再来年も、その次も。
  お前さえ望めば俺も一緒に食ってやるぞ?
  ずっと、ずっと。
  いくらでも、好きなだけ。
  お前は、もう自由なんだから。
  そうだろ?」

 「…そう、だね。
  …そう、だよね。
  春が終わって、夏が来て、秋が来て。
  そして、もう一度冬が来て。
  これから何度も。
  何度も、冬は来るから。
  何度も、冬を迎えられるから。
  また、たいやきの季節はやって来るから。
  少しぐらい、我慢しないとねっ!!」

 …いじわる……だけど……

 やっぱり…優しいよ……





 ねぇ、祐一君?

 知ってる?

 ボクね、7年前から、祐一君のこと…好きだったんだよ?

 ずっと、ずっと…好きだったんだよ。

 眠ってる間もね、ずっと祐一君を想ってたんだよ?

 ずっと…待ってたんだよ?


 祐一君、こう言ったよね?

 「まだ天使の人形のお願いは一つ残ってる」って。

 ボクが意識を取り戻したのは、多分、ううん、間違いなく祐一君のお陰だから。

 ボクの三つ目のお願いはね、もう叶ってるんだよ。

 本当はね、もう三つとも、使っちゃったんだよ。

 ボク…ちょっとずるいかな?

 そのこと…秘密にしてるよ。


 …だってね?

 …どうしても…どうしても叶えて欲しいお願いが…できちゃったんだよ。


 いつかね?

 ボクがもうちょっと大人になって、祐一君に迷惑をかけなくてすむようになったら。

 その時は…

 祐一君に。

 身内が一人もいないボクの。

 一人目の身内になって欲しいんだ。


 「相沢あゆ」に、なりたいんだ。


 それが、ボクの。

 最後の。

 本当に、最後の。

 …お願い……だよ。





  * * *





 雪がだんだんと溶け始め。

 街は少しずつその風采を変えていく。


 その中にあって、決して変わらぬもの。

 変えられぬもの。

 大切なもの。

 それは一体何だろうか。





 とりあえず。



 「うぐぅ…痛いよぉ…」


 赤いカチューシャと。

 小さな白い羽と。

 大事そうに抱えられた紙袋。



 月宮あゆは、今日も元気だ。


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